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2011年1月

2011/01/01(Sat) 新年あけまして:笑えるお話(ぱーと1) クワクワ MAIL 

現在朝6時!

みなさん、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

初詣に行ってそれから今まで朝まで生テレビ見てた。

番組はなかなかいい内容だったんだけど

「この日本を萎縮させてるのは?」の質問で

「マスコミ」「民主党」「自民党」「不景気」

「外交」「政治家」などが回答に挙がってた。

今年はいい年になってほしいもんだ。


さぁ〜、今年の初笑いは

クワクワさんがプレゼントさせていただきます。

恒例の「笑えるお話シリーズ」、行っくぞー。

思い切り笑えよ〜〜〜


・警察にもいい人はいる


俺が大阪に出てきて

右も左もわからない頃、全財産が入った財布を落とした。

探せど探せど見つからない。

俺は最後の望みで泣きながら小さな派出所に向かった。


そこには50過ぎのおっさんが

一人で帰り仕度をせっせとやっていて

事情を話すと調書を書いたり

行きに通った駅やコンビニまでも電話してくれて


  おっちゃんが担当したらほぼみつかるんや!

      心配せずにおっちゃんに全部まかしときっ!


と励ましてくれた。

でも見つからなくてとりあえず連絡待ちみたいになって、

ため息ついてたら帰りの電車賃として千円くれた。

帰る途中ふと内ポケットを探ると財布がでてきた!

俺はおっちゃんにありがとうを言いに戻ると

おっちゃんは・・・・・


  俺の仕事は財布をみつけるのが二番。

    一番は困った人を安心させることだから。


とにっこり笑って「よかったな〜」と肩を叩いてくれた。

俺はその言葉に嬉しくて泣いてしまって

お礼がしたいからジュースでもおごらせてくれと頼むと


  それは俺の仕事じゃない。

   だけど名刺をあげるからいつでも遊びにきなさい。

    今度会う時は『笑顔』でな、

     絶対に『笑顔』で来るんだぞ、と俺に名刺をくれた。


二日後・・・

俺は万引きで捕まった。

たまたまそのおっちゃんの派出所に連れ行かれ

『ニコニコ笑顔』で入ったらおっちゃんにブン殴られた。

もらった千円はエロ本につぎこんだと言ったら

さらにもう一発ブン殴られた。


・ネバーギブアップ


今日こそハッキリといってやらなければならない。

確かに好きだといったのは俺だ。

しかし、あの女は何を考えてやがるんだ?

真昼間から人前でベタベタされる俺の身にもなれよ。


しかも毎日だ!

他人の目から奇異に思われると気づかないのだろうか?

俺がどれだけ他人から煙たがられていると思ってやがる。

あの女は、さっき風呂からあがり、

俺の目の前で髪を乾かしている。

いま俺の本音を言ってしまおう!


  母さん!

   もう学校の弁当に納豆入れるの止めてくれやっ!


・ケンビシ


むかーしのこと。

得意先にお酒を持っていくので(←そういう時代、昔ね)、

新人だった私が酒屋へ買いにいくことになった。

先輩が

「お得意さんなんだから、ケンビシにしてね、

 絶対にケンビシ!」と言ったが、

「ケンビシ」が「剣菱」という

高いお酒だということを知らなかった私は

酒屋で

「すみませんが、日本酒の大きい瓶を2本、

 ケンビシでお願いします」と言った。

「おつかいものですか?」と聞かれたので、

「ええ、だからケンビシでお願いします」と返事した。

上等な箱に入れられて、丁寧に包まれたお酒を見て、


 こうやってきちんと包装することを

  「ケンビシ」というものだと間違って覚えてしまった。


何年か経って、結婚することになり、

婚約者(現在の夫)と一緒に仲人さんに挨拶に行くとき、

お酒を手みやげにすることにした。

彼が

「すみません、

 このジョニ黒(←また時代が出てます)をください」

と言ったので、すかさず私が

「ケンビシにしてください!」と言った。

「え?**さん、日本酒嫌いだよ」という彼に、

「わかってるわよ。

 だからジョニ黒をケンビシにして持って行くんじゃないの」

と鼻高々に言った。

「ジョニ黒でいいんですね?」といぶかしがる酒屋の主人。

「はい、それをケンビシで」と

言い続ける私の言葉を完全に無視してジョニ黒を包んでくれた。

仲人さんが包みを開けると

「ジョニ黒か。張り込んだな」と満足そう。

「ええ、ちゃんとケンビシにしてもらいました」と言う私を

不思議そうに見つめる仲人さんご夫婦。


   ??????????????????


「君、さっきからケンビシ、ケンビシって言ってるけど・・・」

と言う婚約者に、私なりのケンビシの解釈を説明してあげた。

大笑いされた後、数年間の誤解が解け、

あちこちで「ケンビシで!」と言っていた私の姿が

走馬燈のように思い出されては消えていきました。

恥ずかしくて私も一緒に消えたかったです。


笑えるお話、明日につづく。

じゃまたね。




2011/01/02(Sun) あけまして:笑えるお話(ぱーと2) クワクワ MAIL 

現在深夜0時!

昨日の一日・・・

昨日の日記を早朝にUPしてから

一睡もせず教室に向かう。

教室をさくっと掃除をしながら一人で初日の出を拝む。

初日の出を拝みながら

先月にここに書いた駐車場のゴミのマウントを

せっせせっせと片付けた。

結局、ビルの二階の連中はゴミを放置し続けた。

なぜおまいらは片付けができないのか・・・ムカ!


Ashtakaさんにメイルの返信をしたり

ゴソゴソ残業をしてると

郵便屋さんが9時頃に年賀状を持ってきてくれた。

元旦からお仕事をしてもらってることにお礼を申し上げ

おじぎをしながら年賀状を受け取った。

どうもありがとうございました。


みなさんの年賀状をしげしげと眺めた。

ミミズさんの強烈な笑いセンスにハナミズ出た。

この人はいったいなんなんだ・・・・・

パパイヤって人の顔面写真付き年賀状をガン見した。

おでこのキズは見当たらなかったのが残念だ。

自分でジャニーズ顔って言ってたけど思い切りウソだった。

こんなことを人に言うと怒られそうなので黙っておこう。

他の方々の年賀状も上手に作ってあった。

どうもありがとうございました。

今年は年賀状を出していいのか不明な方には

送ってなかったんだけど

こちらからお送りしてない方で

こちらに年賀状を頂いた方には本日お送りさせていただきます。


朝10時くらいに、年末から遊びに来て泊まってる

弟夫婦と甥っ子から携帯にメイルが来た。

「朝からドコ行ってるんじゃ!

 今から餅を食べるからさっさと帰って来いや!ぼけ!」

とっても温かい親族であった。


家に帰ると食事準備させられた。

毎年元旦はなぜかクワクワさんが炊事を担当させられる。

甥っ子たちに食事をさせてから正午に眠りにつく。

頼むから寝かせてくれって頼んで寝かせてもらった。


15時くらいに夢の中で大きな声が聞こえた。

「ライダーーーー!! キーーーーック!!」

気がつくと現実の世界で

甥っ子2人にダブルライダーキックを頭に食らっていた。

それでも寝たふりをしてたんだが

顔面から5センチの距離にズボンを脱いだ生ケツを近づけられ

仕方なく起きることにした。

放っておくとコー門まで顔面につけて来そうな勢いだった。

おそろしい、実におそろしい・・・

痛い頭を押さえながらシブシブ起きた。


それからジィとバァと弟夫婦+チビ2でお買い物に出発。

みんなお正月ということもあってか

好きなものをカゴにいっぱい詰め込んだ。

レジにて精算。買い物金額は合計¥9000也。

ふと気付くとMyFamilyは誰もいない。

レジで周囲を見回したがそこに知ってる顔はなかった。

つまりクワクワさんに払っておけってことなんだろうと思った。

きっとこういうのを頭脳プレイって言うのだろう。


帰宅してすぐに夕食の準備にとりかかった。

砂ズリやレバーを煮て焼いて

マーボ豆腐を作って、タイをおろして刺し身にした。

夕食を終えた弟一家は満腹になって帰って行った。

外には珍しく雪が積もってた。


昨日の一日、これにて終了。

ん〜、とっても有意義な一日だった、んだろうか・・・

・・・・・ぼく、これからも戦います!!


   だれと??


今日も初笑い「笑えるお話」です、どうぞ〜〜


・最低過ぎワロタ


小学生の頃、

妹とプールでお母さんごっこをすることになり、

私がお母さん役をすることになった。

そして妹が「お母さん助けて〜」と

バシャバシャと見事な溺れるふりを披露した。

私は「出番だ!」と思い近寄ろうとしたその瞬間!!

突然、屋内プールに響き渡る「助けて〜」の大声を聞いた男。

自分の子供の泳ぎを見学していたであろう

スーツ姿のその中年男性が


   すぐにいく! 待ってろおおおおおおおお!!!


と叫んでスーツのままプールに飛び込み

こちらに猛スピードで泳いできた。


館内は静まりかえり、

溺れるふりをしている妹だけが気づかずに演技をつづける。

そして男は妹の元へたどり着き

必死で「大丈夫か!?」と抱きかかえる。

しかし、突然演技を邪魔されたことにブチキレたのか妹は


   はなしてよっ! オッサンのばかっ!!


と男をはねのけ

得意の名クロールですぐさま泳ぎ去った。

私は他人のふりをすることしかできなかった。

ひとり取り残されたびしょ濡れスーツ男は

しばらくボーゼンとしてプールの中央にたたずんでいた。


・アフリカの儀式


ビックリさせることがあると呼び出され、

彼の家(実家、二階建て)に行ったら

彼が二階のベランダから手を振って出迎えてくれた。

と思ったらいきなりベランダから飛び降りた。

柱と体にロープを結んで、

飛び降りると思いきやロープでぶらーん!

・・・・・という計画だったらしい。

何度か前もって人形を使ってテストもしたそうだ。


しかし人間の重さを考えていなかったのか、

彼は1階の壁に思い切り叩きつけられ

鼻血を垂らしながらぶら下がって、くるくる回転。

涙声で


  見てないで助けてよぅ〜〜〜


と叫ばれた。

私は手は届かないし玄関は鍵がかかってるし

一人で困っていたら彼の弟が帰ってきてサクサク助けた。

その後、弟は「馬鹿な兄ですみません」と

神妙に謝ってくれてカルピスも出してくれた。

その間、彼は

実験どおりにいかなかった理由についてクドクド喋るだけ。

彼が馬鹿なだけだったら冷めなかったけど、

弟のデキのよさと比較して冷めてしまった。


・いたずら


小学生の時に眠れなくて一晩中ずっと起きてた時、

ふと気がつくと新聞配達の時間になっていたので

軽い気持ちで新聞配達のおじさん(知り合い)を

脅かそうと思った。


おじさんの車の独特なエンジン音が聞こえてきたので

窓を半開きにしてスタンバイ。

おじさんが車のドアをしめて家の前にくるのを見計らって

唸り声をあげつつ勢いよく窓から頭を突き出した。

でも開けたのは窓だけで

うっかり網戸を開け忘れていたらしく、

私の頭に押された編み戸は外れて、びよ〜んと落下。

それにびっくりして

「ギャァァァアアアーーーーー!!」と悲鳴を上げる私。

落下した網戸&奇声&

窓から突き出た髪の長い私の頭にびっくりしたおじさんも

すんげぇ悲鳴を「オんギャーーー!!」っと上げながら

変な格好で飛び上がり家の前に止まってる父の車に頭を強打。

二階の私と

家の前から聞こえたおじさんの悲鳴に驚いて飛び起きる両親。

窓から身を乗り出して、わたわたしてる私を母が、

頭を強打して完全に伸びてるおじさんを父が発見。


私は親に、しかられちゃタマンネ、

と思い混乱しながら意味不明な言い訳をした。


  押し入れから雪男が出てきて私をぶっ飛ばしたの!


当然すぐにばれて

両親と一緒におじさんに土下座したことある。


・時効廃止=お宮入りではない


必ずしも時効廃止=お宮入りではない


【京都で事件が起こると】

・紅葉が推理し

・大村崑が葬儀を取り仕切り

・藤田まことが変な所に出張し

・自分をキャサリンとか呼ばせちゃうオバチャンが現れ

・狩谷さんが娘に翻弄され

・入り婿刑事が阿波踊りを踊り

・沢口が科学がどーのと言いだし

・お宮さんが昔の事件と関連付け

・船越が「我慢の限界」とか言って副署長の職務を放棄し

・メイド刑事がキューティ☆クリーナーを武器に大立ち回りし

・名取が主婦の勘で裁判にかけ

・橋爪が「ちがーう」とか言う


【東京で事件が起こると】

・古畑が自転車で現れ

・倉石検死官が俺のとは違うなーと言い

・夜明さんがロングの仕事をゲットし

・十津川さんが電車に乗り

・いのっちがケーキ屋に入り浸り

・鶴太郎が熱々おでんを食べ

・浅見光彦が飛鳥山公園から染井銀座まで散歩し

・青島刑事が事件は現場でと喚き

・室井管理官が不必要に東北弁丸出しになり

・寺島進が柴田恭兵の家でいそいそと料理を作り

・右京さんが紅茶を飲んで推理し

・安浦さんが犯人に自首を促し

・大門が射殺


◎ドレミの歌


2歳5カ月男児。

最近すごく良く歌を歌う。

でも微妙に間違ってる。

ドレミの歌で

「ドーはメロンのレー」と何一つ合っていなかった。


笑えるお話、明日につづく。

じゃまたね。




2011/01/03(Mon) あけまして:笑えるお話(ぱーと3) クワクワ MAIL 

現在深夜0時半!

残業が終わらない・・・

あと高校数学の対数関数の解答作りだけなんだけど

せっかくのお正月休みもほとんどつぶれてしまった。

いったいドウなってるんだ・・・

休日もあと一日だけになったじゃないか。

さすがに嫌気がしてきたので

あとの仕上げは講師のセンセに頼んでおいた。

今日1日は好きなことをして過ごそう。

昨日は年賀状を書いてTOP画をUPして

あとの時間はほとんど机に向かってたから腰いたいわ。

ひでぇ、、あんまりだ。

今日はグチってしまった。


なんてグチグチ言っててもしょーがないですよね。

気分を取り直して

今日も新春初笑い「笑えるお話:ぱーと3」。


・これにてドロン


経理の高橋さん(仮名)の話。

そろそろ50歳になる高橋さん(仮名)は、よくいるオヤジ。

くだらないダジャレやシモネタを連発し、

同僚の女性たちに煙たがられていたが、

本人はそのことに全く気づいていなかった。


ある日、先に退社する高橋さん(仮名)が

「それではこれにてドロン」と、

忍者のように両手で印を結んで部屋を出ると、

女性達は一斉に批判の嵐。


「あれ聞くと殴りたくなるわ」やら

「100年前のギャグでしょ」などと言いたい放題。

しかし高橋さん(仮名)はまだ部屋を出ていなかった。

忘れ物をしたらしく、ロッカーの陰にいたのだった。

高橋さん(仮名)は相当ショックを受けたらしく、

翌日から1ヶ月ほど会社を休んでしまった。


さすがに同僚の女性たちも

言い過ぎたかなと反省した頃、

高橋さん(仮名)が再び出社するようになった。

三段腹はどこへやら、

顔も何やら精悍さを備えたナイスミドル(死語)に変わっていた。


そしてその日の退社時、

高橋さん(仮名)はまさかのギャグを放った。

「それではこれにてドロン」といつものように言ったのだが、

今までとは違ったことがある。

高橋さん(仮名)は

次の日から本当に会社から消えてしまったことだった。


・ほのぼのする話


うちで留学生のホームステイ受け入れをした時の話。

ある日やってきたのはポーランド人の女の子。

食事の前に「いただきます」って言ってるの見て

「誰にいただきますって言ってるの?」って質問してきた。

もう昔からの習慣だから深く考えたことはなかったんだけど

「作ってくれた人とか食材とか・・・

 あとそれを育ててくれた人とかかな」って言ったら

目からウロコって感じで驚いてた。

彼女はキリスト教なので神様に感謝はするけど、

それ以外のものから与えられてるって感覚がなかったんだって。

「日本人の感謝の気持ちはスゴイねー」って言われたよ。


後日、夕飯がステーキだった時

手をあわせてニコニコしながら

「オカーサン、アリガトウ!

 ウシサン、アリガトウ!イタダキマース!」

って言ってるの見てなんか和んだw


・!!


どうしよう。

さっき夕飯の買い物行ってたら自治会の人に会って、

ちょっと立ち話してる途中に「(夕飯は豚肉焼こう)」と思いつき、

考えながら話してたら、「そうですね!豚!」と言ってしまった。

自治会の人はとても太っている。


  どうしよう。


自治会の人、豚って聞こえた気が・・・みたいな感じで、

(・∀・)←こんな顔のままジッとしてた。


  どうしよう。


私が内心、奥さんを豚と思ってるとか思われたら。

「そうですね!豚!(ヒーッ!)わかりました!」

と逃げ帰ってきた。

結局、買い物はしていない。

夜ご飯そうめんしかない。


・何なんでしょう


会社の食堂で一人でごはん食べてて、

小さい声で「いただきます」 と「ごちそうさま」を言ったら、

隣のテーブルのグループの女たちが・・・・・


  あの人誰に言ってんの?w

    あははw まじキモーイw


・・・・・なんなのか この世は。


笑えるお話、明日につづく。

じゃまたね。




2011/01/04(Tue) あけまして:笑えるお話(ぱーと4) クワクワ MAIL 

現在深夜0時半!

昨日はどうしても遊びたくなって

パチ屋に行ってしまった。

朝10時の開店を目指してGoGoGo!

しかし10時になっても店内に客は2人だけ。

お正月なのに・・・・・どうしたんだ、これは・・・・・

このときとっても嫌な予感がした。

とりあえず目当てのスロ台「ひぐらしのなく頃に」に着席。


昼頃になって店内は客でいっぱいになった。

しかし午後2時になっても出てる台が一台もない。

みんな投資の嵐。

そうか、みんな昨日までにお小遣いをむしり取られて

それで朝から来る気が失せたのか・・・・・

店内は凄惨な状態になっていた。

客の全員を店の養分にするとは・・・

お正月営業といえど醜すぎだろって思った。


途中で疲れたので席を立ってみんなの背後から

台上の大当たりDataを眺めてみた。

端から「BIG5・REG10」とか悲惨なことになっていた。

REGってのはコインが手のひらくらいしか出ないダメボーナス。

中でも醜かったのは「BIG2・REG14」の台だった。

見たときに

「うわ、コイツかわいそ。ちょー店のよーぶん。

 ダレだ?この台を打ってるのは?アフォだろ」って思った。


  おおおおお!!

   オレの台じゃねーーーかぁーーーーー!!!


その後、ぜんぜん当たる気がしなくなってきた。

面白くないから周囲で打ってるやつらの人間観察してた。

「あーぁー、お正月からみなさんゴクローさん。

 こんな、ド回収日にあんたらアフォですか?」なんて思ってた。


  おおおおお!!

   オレもよーぶんのお仲間じゃねーーーかぁーーーー!!!

    それもお店のナンバーワン、超よーぶんじゃねーーかぁー!!!


はぁぁ、、、お正月からパチ屋のNo1養分になるとは。。。

朝一番に入店して一番のよーぶんコガネムシかぁ。。。。。

もう泣けてきたぜ。。。。。

お年玉やいろいろ出費でもうお小遣いがないわ。。。。。

もうパチンコやめます。やーーめたーやーーめーたーーー。。。

もう真人間になります。止めないでくらさい。


今日も「笑えるお話」です。

でも内容がですね「○ンコ」関連なの。

みなさんに運をつけてもらおうと思ってるんだけど

食事中の方は読まない方がいいよ。


・急な腹痛


駅で急な下痢でトイレにかけこみ、

スッキリした後に、そこが男子トイレだと気付いた。

そういう時に限って個室外の小便器に人が絶えず、

籠城してたら更に不運な事に

大便器を使いたい人が現われた。(大便器個室は一つしか無い)

ノックされたが出て行けず、

無言で焦ってたら大便器を使いたい人が優しい人で


「すいません、大丈夫ですか?」

「あの、返事して下さい」

「・・・大丈夫ですか!?何かありました!?

 もしかして倒れたりしてますか!?」


とヒートアップ。

最終的に人を呼ばれ、


「中で人が倒れてるかも知れません!」

「あっココ、俺だいぶ前に来たけど、

 その時も閉まってたよ!それからずっとか!?」

「おいおいマジかよ駅員は!?」


と大騒ぎになり、ノックが

ドアをぶち破ろうとする体当たりに変わった所で諦めて出た。


優しい人「うおっ!!」

私「あ・・す、す、す、すいません、、、

  あ、あのっ、急いでてトイレを間違えて!

  う、う、うんこがですねああああ違います違うんです!」


手を貸しに来た人達「あはは・・・(苦笑)」

ダッシュで逃げてきた。

最寄り駅利用者が優しい人ばかりだと知れたのは良かったが、

それから暫く、わざわざ一つ先の駅まで自転車で行ってた。



・小生の戦い@ちょい汚注意


ちょっと聞いて下さい。

つい先日の事です。


車を運転中、肛門からMy茶太郎が頭を出し、

小生のパンツを優しくノックしていました。

ちょっとでも気を許せば奴は産まれそうな勢いで、

小生は冷や汗の中、チチダスミミがもし嫁になったらとか、

ベホイミを唱えられるようになったら仕事を辞めるとか考えながら

何とか気を紛らわし公衆トイレを目指していました。


しかし、サイとアナコンダは

どちらが強いかを考え出したかあたりから

繁華街の方へ車を走らせていました。

やはり土地柄でしょうか・・・

公衆トイレがありそうなスポットは皆無でした。

小生、繁華街のど真ん中で野糞する根性はなく、

ついに我慢の限界を越え・・・

我が愛車の中で壮絶な脱糞をしてしまいました。

とても気持ち良かったです。


しかし問題は、その後に起こりました。

脱糞の勢いで、ズボンを貫通するような放尿までしてしまった

愛車の運転シートは、皆さんの御想像通りかと思います。

こうなったら人間は極めて冷静になるか、

ハイテンションになるかのどちらかになります。

・・・・・小生は後者でした。

どんな風にハイテンションになるかのかは割愛させてもらいます。

そして気が付いたら、

他府県の見知らぬ公園で体を洗っていました。

小一時間過ぎて愛車に戻ると、黄色い紙に

駐車違反と書かれた紙が貼り付けられているではありませんか!

小生戦います!!!


   だれと??


・しつこい勧誘電話に


しつこい勧誘電話にブチ切れて

「これでも食らえ!!」と、

受話器に屁を浴びせたつもりが

ウンコがビチュッ!って出てしまい

受話器も俺の手もクソまみれになって

思い切り泣いたことある。


運のつく笑えるお話、明日につづく。

じゃまたね。あーー、きちゃない。




2011/01/05(Wed) あけまして:笑えるお話(ぱーと5) クワクワ MAIL 

現在深夜3時!

昨日、買い物に行って不思議現象に遭遇した。

冷凍食品の袋のパッケイジに「エビぞう」って書かれてた。

それを見た瞬間

「んをを!エビぞーさん、こんなとこでも活躍中か?」

って思った。

ビックリして、その袋を手に取った瞬間、

さらに強烈な電撃が走った!

袋に書かれた言葉・・・

「エビぞう             すい」。

・・・「エビぞうすい」でした。

ちょっと「エビぞー」さんに対して

過敏になりすぎてる今日この頃です。

「エビぞうすい」って書かれてるのを知って一人でわろたw


今日も「運のつく笑えるお話」です。

昨日と同様、内容はキチャナイから食事しながら読まないでね。


・参上!


今日、クソしたくて

某駅のトイレに駆け込んだ時の事。

小便してる人もおらず

大トイレも全部開いてたので調子こいて

ドアを開ける際に・・・


   前田慶次参上!!


って言いながらドアを強く押したら

鍵掛けないままウンコ座りしてクソしてるオヤジの

体にバコーンってドアがぶつかりオヤジ吹っ飛んだ。。。

入ってるなら鍵掛けろ!!

メチャクチャ恥ずかしかったじゃねーか!!


・知らないほうがいい真実も


20歳の時、バイト仲間7〜8人ぐらいで海水浴に行った。

そのうちの1人の実家が海水浴場の近所だったので、

みんなでお邪魔して泊めてもらうことに。

旅館みたいに食事も風呂ももてなしてくれてありがたかった。

で、夜になってお腹が痛くなり、

トイレに行くとそこのお父さんが入っていた。

ノックをしても「あいよー、もうちょっと待ってねー」と返事。

一度部屋に戻り

みんなでトランプして気を紛らすがすぐに次の波が。

もう限界に近かったので

ヨロヨロ歩きながらトイレに向かい、

やった、助かった、と思い

トイレのドアに手をかけると後ろからバイト仲間の1人が

「うおお漏れる漏れる!俺先させて!」と

俺を押しのけトイレにIN。

もうゴールと思い緩みきった括約筋はもはや活躍の場を失くし、

全身の血の気が引くのを感じた俺は力なくそこで脱糞。

もはや何の力も入れなくても

次から次に出てくる半練り状のうんこ。

一瞬にして漂う臭気と、脱糞の快楽と、この現実に対する焦りと、

様々な要因でパニックになった俺は

トイレからバイト仲間が出てきたときに倒れたフリをしてしまった。

そして大げさに痙攣し、白目をむいてよだれを垂らし、

「ハゥウウゥゥゥゥッハグゥゥゥッ」と何かの発作のフリをした。

もちろん床も俺もうんこまみれ。

バイト仲間もパニックを起こしみんなを呼びにいき、

その家の家族も全員来てみんなで俺の心配をしている。

ひっこみのつかない俺はしばらく暴れた後、

落ち着いたフリをし、10秒ほど寝るふりして

ハッと目を覚ましまわりを見渡す。

みんな心配そうに俺を見守っている。


「・・・・・・・・・・」

「だ、大丈夫か?」

「・・・・ああ、発作起こしてしまったか・・・ごめん・・・」


といかにもよくあることのようにして、

もう心配ないとみんなに謝り

うんこまみれの俺は風呂に入らせてもらい、

上がるとうんこまみれの床は綺麗になっていた。

その後みんなにすごく優しくしてもらった。

本当のことは誰にも言えず、

その後しばらく発作のフリをすることになった。


  みんなごめんなさい。

   ぼく、普通にうんこもらしただけでした・゜・(つД`)・゜・


・うんこみしぇて


うちの娘3歳は俺がうんこしてるとドアの外から

「とうしゃん うんこしてるの? ねぇみせて」

断るとドアにすがりついて

「みせてよぉ〜」

と涙ぐむので可愛いものだと苦笑して聞いていたのだが

最近では・・・・・

「おぃ!うんこみせろよ!みせろ!うんこみせろお!!」

と叫びながら

ドアをバンバン叩くようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・、むすめ怖いです。


笑えるお話、まだまだつづく。

じゃまたね。




2011/01/06(Thu) あけまして:笑えるお話(ぱーと6) クワクワ MAIL 

現在深夜2時!

今日は最初にこのニューズをお届けです。

新年に心が温かくなるこのニューズ読んでみて。


<タイガーマスクからの贈り物>


神奈川県小田原児童相談所は5日、

児童相談所が入る合同庁舎玄関前に

元日の夜に箱入りのランドセル6個が置かれていた、

と発表した。

箱には「お年玉です 伊達直人」と、

プロレス漫画タイガーマスクの主人公名を記した紙が

張り付けられていた。


群馬県中央児童相談所(前橋市)でも昨年12月25日、

伊達直人の署名が記されたカードとともに

ランドセル10個が玄関前で見つかったばかり。


小田原児相によると、ランドセルは黒と赤が3個ずつあり、

ラッピングした箱に入れて積み上げられているのを

巡回中の警備員が発見した。

寄贈者は不明だが

「群馬の件に感銘を受けた。

 自分も何かできるのではないかと思い、贈ります。

 タイガーマスク運動が続くとよいですね」

などとつづった手紙が添えられていた。


こんなあったかいお話でした。

この国もまだまだ捨てたもんじゃないな。

寒いこの冬の時期、心にあったかい風が吹いた気がしたよ。

これ小田原だしタイガーマスクの正体は

クラウンシチーさんじゃないのかな。


今日も「笑えるお話」です。

Short編、テンポよく行っくよー!


・アメリカンジョーク


A:いや〜かみさんがね、

  ダイエットのために乗馬をはじめるなんて言い出してね。

B:へぇー、どれぐらいやせたんです?

A:二週間で10キロもやせたよ。

B:そいつはすごい!

A:馬がね・・・・・

B:はぃ〜〜??


・アメリカンジョーク


A:キミに内緒で頼みがあるんだけど・・・・・・・・

B:なんだい、何でも言ってみろよ?

A:お金を借りたいんだが、絶対に人に知られたくないんだ。

B:わかった、僕も聞かなかった事にするよ。

A:はぃ〜〜??


・アメリカンジョーク


ニューヨークのバーでジェフの隣にいた男がバーテンに注文した。

「ジョニー・ウォーカー、シングル」

その連れが言った。

「ジャック・ダニエル、シングル」

バーテンがジェフに近寄ってきて尋ねた。

「お客様は?」

ジェフが答えた。

「ジェフ・グリーン、既婚」

「既婚、はぃ〜〜??」


・もっていっていいよ


とあるジュニア・ハイスクールで開催するバザーの為、

みんな家にある不用品を持ってくることになりました。

でもみんな見栄を張って、

全然不用品じゃない物を持ってきています。


先生    :ウェンディ―!それは何?

ウェンディ―:はい先生。お姉ちゃんのヘッドホンステレオです。

先生    :お姉さんはなんて言ったの?

ウェンディ―:「持って行っていいよ」って。


先生    : ケニー、それは何?

ケニー   :はい先生。お兄ちゃんのポータブル液晶テレビです。

先生    :お兄さんはなんて言ったの?

ケニー   :「持って行っていいよ」って。


先生    : ジョニー、それは何?

ジョニー  :はい先生。おじいちゃんの人工呼吸器です。

先生    :おじいさんはなんて言ったの?

ジョニー  :「あああぁぁ・・ぁ・・・うっ」って。

先生    :は、は、はぃ〜〜??


・ロシアンジョーク


ロシアの学校での授業


先生:コンドームを使わない人を何と呼びますか?

生徒:お父さん!!

先生:はぃ〜〜〜!!


笑えるお話、Short編、

明日につづく〜。


お気楽ママさん、年賀状送ったよ。

HPの更新がStopしてたからドウしてるんだろって思ってた。

じゃまたね。




2011/01/07(Fri) あけまして:笑えるお話(ぱーと7) クワクワ MAIL 

現在早朝5時!

今年はウサギ年。

ペットとしてのウサギ人気は上昇してるようですね。

しかしウサギブームの陰で

捨てられるウサギが増えて大問題になってますね。

東京の河川敷で大繁殖してたし。

飼えなくなってポイか。カワイソウなウサギ。

中には公園のゴミ箱に捨てられてることもあるらしい。

ヒデェやつもいるもんだ。

最後まで飼えないなら最初から飼わなきゃいいのに。


今日も「笑えるお話」です。

オモロイぞ〜〜www


・アメリカンジョーク


A:実は、俺、上司の奥さんとデキてるんだ。

  ここだけの秘密だぜ。

B:俺、実は男にしか興味を持てないんだ。

  ゲイってやつさ。誰にも言わないでくれよ。

A:おまえも自分の秘密を言えよ、

  俺たちは正直に打ち明けたんだからさ。

C:うん、実は俺・・・秘密を守ることができないんだ。

A:はぃ〜?

B:はぃ〜〜?? え??


・いじめ


先生:このクラスに、いじめがある!!

生徒:・・・・・。

先生:先生は、いじめは絶対に許さないぞ!!

生徒:・・・・・。

先生:おいっ!おまえら、 聞いてるのかっ?!

生徒:・・・・・。

先生:・・・おねがいだ、もうやめてくれないか。。

生徒:(はぃ〜〜??)


・泥棒と俺


ある日バイトから帰ると部屋の奥の方でゴソゴソ聞こえる・・

電気を点けて見てみると泥棒だ、初めての泥棒だ。

泥棒も気づきお互い数秒見合う・・・


俺 :ここ俺の部屋なんすけど。

泥棒:あ、すいません。

俺 :いや、大丈夫ですけど、普通気づきますよね?w

泥棒:いや、あのう泥棒なんですけど。

俺 :あぁマジすか、どっから入ったんですか?

泥棒:えっとね、ベランダだね。

俺 :ちょw、ここ2階すよw大丈夫ですかw?

泥棒:いや違うんだよ、あそこにさぁ自販機あるでしょ?

   あそこに登って、そこの出っ張ってるとこいけば簡単だよ。

俺 :ぇ、そこを登って・・・

泥棒:違うよ、そこだよ、木あるでしょ?その木のすぐ左だよ。

俺 :ぇ、どこ?ぁ〜そこ!?

泥棒:そう、そこを登れば簡単に入れる。

俺 :マジすか、すごいっすね、こういうのって何すか、

   下見みたいなのするんですか?やっぱり。

泥棒:いやぁ〜この程度なら下見する必要はないかな。

俺 :ふぅ〜ん、泥棒も大変ですねぇ。

泥棒:まぁねぇ〜w

   でも君帰ってきたならしょうがないや、俺出てくね。

俺 :ぁ、玄関から出て行ってもらえば。

   ベランダから降りるのあぶないと思うし。

泥棒:悪いね、んじゃまた。

俺 :はぁい、気をつけてw

泥棒:ういっすw


      バタン!



・お父さんの趣味

娘:授業参観のときに読む作文を書かないといけないから、

  お父さんの趣味を教えて。お母さんはガーデングだって。

父:お母さんがガーデニングなら、

  お父さんの趣味は「除草」かな。

娘:ジョソウ?・・・なんでジョソウするの?

父:やらないと汚いし、少しでも綺麗にしておかないと、

  近所の人に笑われるだろ?

  もちろん、お母さんも手伝ってくれるけどね。

娘:ふ〜ん・・・


〜授業参観の日〜


娘:私のお父さんの趣味は女装です。

  女装しないと汚いし、近所の人から笑われるので、

  お母さんに手伝ってもらって女装します。

父:ちょっ・・・おま・・・はぃ〜〜??


今月の「笑えるお話」はこれにて終了です。

結構オモロかったでしょ〜

じゃまたね。




2011/01/08(Sat) 子供のお話:イジメなくそうとした娘に クワクワ MAIL 

現在深夜3時!

昨年に野菜やタマゴの価格の高騰があったんだけど

今度は小麦粉を始め砂糖や食用油が高騰してますね。

砂糖の高騰がすごいな、2倍になってるぞ。

こりゃケイキ屋さんの経営直撃だな。

原料の多くが高騰しちゃったら値上げは必至。

現在の世界規模の食糧危機、いったいどうなるんだろ。


今日から「子供のお話」です。

最初は「いじめのお話」です、いいお話。


<いじめなくそうとした娘>


<古い書類を整理しておりましたら、

 26歳の娘が小学6年の時に書いた

 「先生への手紙」というのがあり、初めて読みました>


大阪府の大野慶子さん(67)からのお便りには、

その手紙のコピーが同封されていました。

題は「いじめ」。 


長女の千春さんは、

「いじめは絶対に許さない」がモットーでした。

同級生をいじめる悪ガキを呼びつけてしかり飛ばす、

正義感が強い女の子。

手紙で、先生に何を伝えようとしたのでしょう。


≪私は、いじめられている子をみんなの仲間に入れようと、

 何回も試みた。

 先生はみんなに、

「どうしていじめられているこの気持ちがわからないんだ」と言う。

 けれど、友達のガードは固くけっして

(いじめられている子を)受け入れない。

 私に対して、なぜ(仲間に)入れるんだとみんなが責める。

 私はもう、くたくたです。

 でも、この間、学校に来られなくなった子の家に説得に行ったら

 次の日、学校に来てくれた。

 とってもうれしかった。

 私とその子と二人だったらとても楽しく盛り上がる。

 でも、私は、友達も捨てられない。

 誰が私を理解してくれるのかなぁと思いながらも、

 私はその子の悲しさをよく分かっているつもりだ。

 その子も自分の欠点をよく知っていて、改めねばと言っている。

 すぐ手を取り合って

「よかった、よかった」などということがないにしても、

 少しずつ水に絵の具をきれいに

(みんなの輪に)溶け込んでいくことと思う。

 あせらないで見守ってください≫ 


複雑な子供社会の中で、

千春さんが一生懸命いじめの解決に努力していたことがわかります。

自分たちの目線でなんとかしたかったのですね。 


<あの子なりに、考えていたのですね。

 自分は子供の事、何も知らなかったのではと思いました>。


お母さんは読み終えて少し泣いたそうです。


14年がたち、千春さんは1児の母になりました。

電話で尋ねると、手紙のことはよく覚えていました。

「いじめるか、いじめられるかは紙一重。

 大人に任せず、

 いじめられるこの気持ちをみんなに知らせようとしたんです」


千春さんにとって、いじめはその後もつきまとう問題でした。

中高生のとき、見て見ぬふりをした日もありましたが、

また思い直しては解決を模索して・・・・・・。

今も、勤め先で人間関係がこじれたら、

やはり改善に向けて頑張るそうです。

「糸口はきっと自分たちの中にあります。

 声を上げ、皆が考える機会を持つのは、子供も大人も大事です」


小学生のまっすぐな気持ちのまま、

丁寧に人付き合いの経験を重ねてこられた千春さんを、

とても頼もしく感じました。


なかなかいいお話だったでしょ〜

「子供のお話」明日につづく。


白眼メタリフェルの♂幼生が数頭羽化室を作ってた。

やっぱ3令初期以降にエサ交換しなければ

羽化ズレはしないようね。

2令後期くらいに雌雄判別して

♂は750〜1000ml、♀250〜450ml、

これで温度差がなければほぼ羽化ズレはNothing。

♂90mmの大型メタリなら羽化ズレ必至だと思うけど

♂85mmくらいまでなら上記でいけると思うなぁ。


じゃまたね。




2011/01/09(Sun) 子供のお話:待つことの大切さ クワクワ MAIL 

現在深夜1時!

確か今日は「はじめてのおつかい」の日だったな。

放送時間は知らないんだけど。

今日もお仕事だし録画しておいて

帰宅してから観ることにしよ。

この番組の「ドーレミファソラシドー♪」の曲がいいね。


今日も「子供のお話」です。

これは夜中の町でたむろする子供たちと話す人、

ときどきテレビに出てる人の手記だと思います。

読んでみて〜


<朝5時まで待ってくれた>


そりゃ、驚きましたよ。

夜通し遊び、朝5時に自室に戻ると、

薄明かりの中で正座して洋書を読む白髪の紳士がいたのですから。

振り向いた顔に、またびっくり。

上智大学哲学科長の渡辺秀教授でした。


33年前の3月、服装も鮮やかに覚えています。

茶色のツイードスーツに緑色のネクタイ。

眼鏡の奥の目を和ませて

「お帰り、水谷君。大学に戻っておいで。待っていますよ」と。

そして

「明日も授業があります。おやすみなさい」。

スーツのまま布団に入られた。 


長い間の教師への不信感が消えた瞬間でした。


中学時代、級友に暴力を振るう教師に抗議したら廊下に出され、

げんこつを差し出して、

「頭から走って来い」と命令された。

悔し涙を流しながら何度もその拳に頭をぶつけた。

それ以来の不信感が、です。


先生の来訪は、大学に居場所がつかめず遊び暮らす姿を見かねて、

母が相談してのことでした。

翌日から先生の研究室に通い詰めました。

いつも静かに本を読み、思案している。

どんな質問にも答えられる博識なのに、意見は押しつけず、

こちらが間違っている時も

「いいのかな?」と考えさせるだけ。

怒った顔などみたことがありません。 


私は夜の町を徘徊する子どもに出会っても、

横に座って話を聞き、最後に「帰ろうか」と言うだけ。

これは先生に学びました。


  待つことの大切さを教えてくださった。

   大人は子どもの夢でなくてはならない。


先生は、亡くなった今もぼくの夢。

決して超えられないけど、近づきたい。

あんまり近づくと、やけどしそうだけれど。


こんな手記なんだけど、いい内容でしょー。

「待つことの大切さ」、

子供と接するときには確かに待つことは重要だと思います。

子供をせかすとロクなことにならないことが多いかな。


モセリオウゴン最後の2頭が部屋を作ってた。

孵化から半年ちょっと。

期間的に両虫とも♂だな。

モセリの♂は先月に羽化してる個体もいるんだけど

大きいわぁ、すげ大きいわぁ。

だって50mmないんだもんなー。

オオアゴなんかアメリカザリガニのツメみたいになってるもん。

ちっちゃいのが2本、

頭に、しゅっぱ〜、てついてるだけだし。

困ったもんだわ。


じゃまたね。




2011/01/10(Mon) 子供のお話:友達との付き合い方 クワクワ MAIL 

現在深夜2時!

またまたまたタイガーマスク「伊達直人」が現れた。

群馬・神奈川に続き沖縄や静岡県に出現。

沖縄の児童施設にランドセルを届けた方は

職員に名前を尋ねられると

「名前は訊かないでください」って立ち去ったらしい。

ランドセルについた封筒には

「あなたたちを心から愛する者より」って書かれてたらしい。

静岡県には「じゅうまんえん」が届けられたとか・・・

この国にもまだまだ優しい人がいるもんだって思った。

クワクワさんも夏に贈らせてもらおうかな、昆虫を。

生体をケイスに入れてエサやマットも一緒に。

飼い易いニジイロなんてドウだろうな。

どうなんだろ、こういうのは喜んでもらえないんだろうか。

名前を訊かれたら「くわくわ」ですって名乗ろうかな。

顔面を見られると恥ずかしいから

タイガーマスクの仮面をかぶって行くとしよう。

こんなことしたらテレビのニューズに出るかもしれないな。

「今度はわけの分からん伊達直人が兵庫県に出現!

 昆虫を玄関に置きクワクワと名乗りデブ消え去る!」

みたいな記事になるような気がするわ。

ほんとに喜んでもらえるなら是非させてほしいんだけど。

迷惑がられるだけかもしれないねぇ。


今日で「子供のお話シリーズ」終了です。

これは中学生の国語の課題から引っ張った文章です。

なるほど〜って思える文章だし読んでみて。


小学生のときから

「みんな平等で公平です」というルールを教えられていて、

それは学校という社会のひとつの理想でもあるし、

そのルールの中で誰しも動いています。

けれども、ほんとうは一人ひとり境遇も違うし、

顔も背丈も声のトーンも何もかも違う。

日本の中学校は制服があって、

持ち物もみんな同じものをそろえる傾向が依然としてあります。

同じものを着て、同じものを持って教室に座っていると、

みんな同じって思いがちなんですけど、

私は公立の中学校に通っていて、ほんとうにいろんな人がいて、

規模は小さいんだけれども、

いわゆる一つの社会と同じ複雑さがあったと思いました。


背景のことを文学の用語で「シチュエーション」と言いますが、

一人の人が持っている「シチュエーション」と、

その人が赤ちゃんの時から育ってきた過程、

「プロセス」というものがあります。 


友だちと一緒にいるときに、

どうしてこんなことで怒るんだろう、

なんてことに出くわすことがあると思うんです。

それは、人それぞれの育ってきた

シチュエーションやプロセスが違っているからとも言えるんです。


今の時代は一人ひとり、

みんな違うんだっていうことについては

かなり理解が行き届いていると思います。


その一方で自分のプライベートの部分を人に話すことを、

ものすごく躊躇する時代なんだなぁと感じます。

学生たちと話をしていると、プライベートな心情を語ることを、

まるで“悪”だと考えているんじゃないか、

あるいは“弱みを見せる”というふうに

感じているんじゃないかと疑いたくなることもあります。


プライベートなことは

めったやたらに言わないほうがいいと一般的に言われています。

でも、それは「言うな」に意味があるんじゃなくて、

「やたらに」のほうに意味があるんです。

その「やたらに」の裏には、

通じ合う人や、わかってもらえる人を

選んで話しなさいってことが隠されているんです。


一人ひとりがどんなプロセスや

シチュエーションを持っているかということは、

教室の中にいるかぎりではつかみづらいんです。

友だち付き合いをしてその子の家に遊びに行ったり、

家族の話なんかをして、

はじめて自分と違うってことに気づくことができるんです。


実はそういう違いっていうのは、

ほんとうは親しくなるための糸口でもあるんです。

「どうして違うの?」「原因は何?」って。

それでお互い相手が

どういう人なのかわかるところまでいきましょう、

というのが理想ではあるんです。

そこで同じ色に染めちゃおうっていう力が働きそうだけど、

それは違うんですね。

互いに違いがあることを了解して、

その違いに対してどう振る舞ったらいいのか、

お互いに気持ちよく付き合うにはどうしたらいいんだろうか

・・・・・・と考えていく。

自分は自分、人は人、

そこで突き放すのではなくて、

そこで相手のプロセスやシチュエーションを

考えていくようなことが必要でしょう。

互いにわかり合う、その人そのものをどうわかるかは、

複雑な内容を含んでいるものなんです。


こんな国語の文章でした。

この文章ってなかなか奥深いでしょー。

「互いに違いがあることを了解して、

 その違いに対してどう振る舞ったらいいのか、

 お互いに気持ちよく付き合うにはどうしたらいいんだろうか

 ・・・・・・と考えていく」。

これはネットを通じて他の方と仲良くしていく上で

不可欠のような気がするわ。

この点はクワクワさんは気をつけてる。・・・つもり。


メンガタの3令幼生ビンの側面に

マユのようなものを発見した。

この虫はマユ玉のようなものを

ビン壁面を利用せずに作るので

ビン外から確認し難いことが多いんだけど。

孵化から5ヶ月ほどだし♀はサナギになるのも当然かな。


じゃまたね。

明日から、毎年こちらに掲載してる

「阪神大震災シリーズ」です。

亡くなられた6000人以上の方を偲ぶ哀悼週間です。




2011/01/11(Tue) 阪神淡路大震災のお話:ちひさきものへ クワクワ MAIL 

現在深夜3時!

今日から「阪神大震災シリーズ」。

1995年1月17日早朝、阪神淡路大震災発生、

もうすぐ6000人以上の命を奪った

あの「阪神大震災」から16年です。

今年も震災について記していきます。

クワクワさんも被災者でした。

家族の命を亡くした直接の被災者ではなかったんだけど。

あの揺れは怖かった。まだ忘れられないわ。

未だに大きな音を聞くとあの震災を思い出します。


最初のお話は「ちひさきものへ」。

毎年こちらに載せてるお話です。

これから数日、こちらに記すお話は

すべて管理人クワクワさんが実話を元に編集してます。

予期せぬ震災のときに、いったい何が起こってたのか、

重い内容も含まれてますけど、

ぜひ目を通してくださいませ、そして考えてくださいませ。

みんな未来の被災者になる可能性があるんだから。

本文を通して危機意識を持っていただければ嬉しいです。


<命のお話:ちひさきものへ>


 おかあさん、

  ようちえんのおゆうぎ会にきてくれるよね?

   まいにちがんばってれんしゅうしたよ、おやすみ。


5歳の娘、響子はそう言って眠りに就きました。

これが私と響子の最期の会話となったのです。


1995年午前5時46分、


  ゴーー!ドン!ドン!ドーーーーン!


激しい衝撃によって起こされました。

いつも点けたままにしている豆球は消え、真っ暗になりました。

それと同時に、体が左右に激しく大きく揺さぶられ、

上からあらゆる物が落ちてきました。

私は、咄嗟に同じ布団に寝ていた娘をかばうと、


  うー。


と娘の声がしました。

激しい揺れの中、かすかにそんな声が聞き取れたのです。

私は何度も「響子!響子!」と呼びましたが返事がありません。
 

 あなたっ!あなたっ!

   響子の上に何か落ちたっ!


主人の上にも何か落ちてきたようで、立ち上がろうとすると、

頭がつかえ、まっすぐ立てる状態ではなかったようです。


「暗くて何も見えないっ!どこにいるんだ!?」

「私は大丈夫!響子を早く助けて!」

「助けを呼んでくるからそこで待ってろっ!」


主人は、そう言って何とか立ち上がったようです。

懐中電灯を備え付けてあった柱は倒れ、

玄関も押し潰されてドアが開きませんでした。

主人は、歪んだドアを蹴破って外へ出て行きました。

私は動くこともできず、

どうにか自由になる手を伸ばして響子を探りました。

そこには響子の手がありました。
 

 響子!響子!

  お願い返事をしてっ!響子っ!


手を握りしめても反応がありませんでした。

だんだん、体の上に落ちてきた物の重さが増してきます。

そこに主人の声が聞こえてきました。

懐中電灯を借りてきた夫は、私を助け出してくれました。

懐中電灯の灯りに、照らし出された部屋の中は、

昨日とは一変し、大きなピアノが斜めに倒れ、

そのピアノは、まるで

大きな生きもののように響子の頭の上に乗ってました。

さらに、住居二階の梁がピアノを上から押さえつけていました。

私は、その光景を見た時、大声を上げました。


  誰かっ!誰か、助けて!

    早く響子を助けてっ!


外に向かって叫びました。

私の声を聞いた近所の男性が 、


  大丈夫ですか!?


と来て下さいましたが、

大人2人ぐらいの力ではどうにもなりません。

主人に、


  ここは危ない!

   お前は外に出ていろ!


と言われ、私は外へ出ました。


外に出ると

昨日まであったご近所の家はつぶれ、道をふさいでいます。


  誰か助けてくださいっ!

    早く救急車を呼んで下さいっ!


私が裸足で立っていると、

見ず知らずの若い男性が靴を持ってきてくれました。


  無理です。電話が通じません。

    すみません・・・・・・・・


やがて数人の人が、車のジャッキ2台を使って

響子を助け出してくれました。

その時には、すでに響子の心臓は動いていませんでした。

私の激しい鼓動とは逆に、響子の生ある鼓動はなくなっていました。


近所の病院から看護婦さんが駆けつけてくれました。

我が家の車は、キーがなくて使えないため、

近所のご主人が、私と響子を病院へ運んで下さいました。

病院への道路はゆがみ、瓦礫で寸断されています。


初めに運ばれた病院は、

ライフラインを断たれ、修羅場と化していました。

そこにはもうすでに、多くの怪我人の方が運び込まれ、

とても響子を診てもらえる状態ではありませんでした。


神戸大病院へやっと連絡がつき、響子は搬送されました。

集中治療室で先生から聞かされた言葉は、


  残念ながら手遅れです・・・・


視界が真っ暗になりました。

糸が切れたように、私はその場にしゃがみ込みました。

体の中にあるすべてのものが、音を立てずに出ていきました。

それでも私は、奇跡を祈り続けました。

声をかけると響子が目を開きそうで・・・

しかし、奇跡は奇跡のまま、響子は天国の子になりました。


主人が倒れた家からどうにか取り出してきたもの、

それは・・・


 響子の赤い小さなトレーナー・・・・・

  響子の大好きだったセーラームーンの靴下・・・・

   今日のお遊戯会で履いていたであろう靴・・・・・・


それらで響子を纏い、病院を後にしました。


西宮の実家へ帰る途中、

大好きだった響子の幼稚園の前を通りました。

私はその中に、ふと響子の幻影を見ました。

しかし、響子の幻影はすぐに私の目の前から消えました。

本当の響子は冷たくなって、私の膝の上でぐったりしていました。


実家へ着いたのは夜の8時を回っていました。

1時間くらいで着くはずが、9時間近くかかりました。

車窓から流れるお月さまは、とってもきれいで、


  響ちゃん、お月さまよ。


と言うと、その顔はまるで笑っている様でした。

12月の音楽教室のクリスマス会で、

目をつぶって、手を握りお母さんを当てるゲームで、

あなたはすぐにお母さんを当ててくれたよね?


 おかあさんの手って、

   いつもあたたかいもん。


 おかあさん、つかれたらいってね。

   いつでも、かたをたたいてあげる。


 おかあさん、あたまがいたかったら

  きょうこがたくさんお手伝いするよ。


 おかあさん、もう泣かないで・・・・・


そう言って、いつも笑ってくれた響子。

誰よりも幸せだったあの時は、もう2度と戻ってこないんですね。

ねぇ響子、

あなたはどうして、お父さんやお母さんより先に死んじゃったの?


響子はあの混乱の中、多くの人に助けて頂きました。

電気が通じていないため、

何時間も手で人工呼吸を続けて下さった看護婦さんが、


  響子ちゃん、

   きっと助かる!あきらめちゃダメよ!


と、何度も何度も言って下さった言葉が

私にとってどれほど嬉しかったか、心強かったか。

みなさん本当にありがとうございました。


響ちゃんへ・・・

あなたを奪った震災がお母さんは本当に憎いです。

今、お母さんもお父さんも死ぬことを怖いと思いません。

天国にいるあなたに会えるまで生き続けます。

響ちゃん、そちらからずっと見ててね。


お母さんはね、響ちゃんが死んじゃってから

他の人にね、「さようなら」は言わなくなったよ。

「さようなら」って「もう会えないよ」って言葉だよね?

だから「さようなら、また会おうね」って言うことにしてるの。

だから、お父さんもお母さんも、

響ちゃんには「さようなら」は言わないよ。

いつかきっと、響ちゃんに逢えると思ってるから。

いつかきっと、また3人で楽しく遊べる時がくると思ってるから。


実話「命のお話:ちひさきものへ」完結。

明日も震災のお話を綴っていきます。

これは震災を経験した一人として

震災を伝えていくことが使命であり責務だと思うから。


長文掲示板に「震災スレッド」立てます。

何でも思われること書いてください。

じゃまたね。




2011/01/12(Wed) 阪神淡路大震災のお話:カラスの鳴く頃に クワクワ MAIL 

現在深夜2時!

今日も阪神淡路大震災のお話です。

とっても悲しいお話が続くんですけど

現実のお話だし目をそむけないでくださいね。

今日は当時50歳代の方が残した手記です。

内容はクワクワさんが編集しています。


<カラスの鳴く時に>


私のマンションは東灘区の中でも

最も被害の大きかった摂津本山駅から

国道二号線を渡ったやや南の所にある。

阪急岡本駅よりやや北に七十四歳の義母、

住吉川添いの山手に八十歳の実母がそれぞれ一人で住んでいる。


私は地震の日の二日前に実母のマンションに行っていた。

ベランダから遙か彼方には六甲アイランドが美しく輝いている。

そこは目の前に六甲山の裾野が広がる

実母のお気に入りのマンションである。

その日のこと

海から山の方へ目を移した時、思わず目を凝らした。

何か黒い固まりが木を真っ黒にしている。


  何だろう?


それは烏の大群であった。

「このへんいつもカラスが多いの?」と母に聞いた。

「雀は多いけど、カラスはあまり見ないね。

 カラスが来ると不吉なことが起きるといって

 昔の人はカラスを嫌うのよ」

何気なく聞いた母の言葉が、四十時間足らず後に

大惨事が起きる予言になろうとは予想だにしなかった。


地震当日、

自然の力は人間を嘲笑っているかのように

これでもか、これでもかと激しく体を揺すってくる。

家具の倒れる音、ガラスの割れる凄まじい音。


  何これ、どうしたの?


息子が言っていたノストラダムスの予言が的中したのだろうか。

隕石か何かが地球にぶつかって人間は滅亡するのか。

東京に赴任中の主人、

これから社会人になる東京の大学に通う息子。

他の部屋で寝ている娘、老いた母達、

みんな今日で別々に死んでいくのだ。


ベッドから振り落とされないように

必死でしがみつきながらそんな事を考えていた。

激しい音と揺れがおさまり不気味な静けさに我に返った。

暗闇の中で手を動かすと、家具が目の前に倒れかかっている。

這い出したものの気が動転して方角が分からない。


  娘は大丈夫だろうか? 


部屋の外へ出なければと気ばかり焦って足がすくむ。

「お母さん! お母さん!」。

ドンドンと娘が私の部屋の戸を叩く音に

安堵のあまりその場にしゃがみ込んでしまった。

ドアを塞いだ家具や落下物を

やっと取り除き部屋から出ると足の踏み場もない。

ガス漏れの匂いに気付き、

爆発するかもしれないからとにかく外に出ようと思って

暗闇の中、手探りで取れた衣類を引っかけて階段を降りた。

一階まで来た時、あまりのすごさに息を飲んだ。

渡り廊下が四階部分から落ちている。

とてつもない天変地異が起きたことを思い知らされた。

マンションの住人も毛布をかぶってぞろぞろ外に出て来た。

恐ろしさと寒さに体がガタガタ震えた。

誰も為すすべもなく無言である。

空が白みかけるまで中庭に立っていた。

気を取り直して母達の安否をと思って部屋に戻ったが

電話は不通であった。

財布と鍵をやっと探し出し公衆電話に並んだ。

公衆電話の脇の地面が割れている。


七時半すぎ、東京の主人に無事を知らせる事が出来た。

母二人の安否はつかめなかったので

自らの足で確かめるべく娘と二人でニ号線の方へ急いだ。

いつもは車で出られる幅があった道も

印刷屋と新聞屋が倒れて入口を塞いでいる。

もう一方の住宅公園の方は立体駐車してあった車が

逆さまにぶら下がってずり落ちそうになっている。

体を屈めてやっとニ号線に出た。


  目にした光景はまさにこの世の地獄であった。


見慣れた家々は、まるで踏み潰されたようになり、

ビルも病院も傾いている。

今にも倒れてきそうな家の下をビクビクしながら急いだ。

道を塞いでいる電柱をくぐり抜け、

やっとJR摂津本山駅近くまで出た。


駅近くのマンションを見て愕然とした。

何事もなかったかのように建ってはいるものの

二階が地面まで落ちている。一階は潰れて見る影もない。

胸がしめつけられる。

足早に山手幹線に出て阪急の線路を渡ると

見慣れたいつもの景色が広がっていた。

義母は無事だった。

元気な義母に安堵し、山手の実母の家へ向かった。

一時間くらい歩いてやっとたどり着いた。

部屋の真ん中に意気消沈して

ちょこんと座っている母を目にしたとき、

それまでの疲れがどっと出たような気がした。


義母と実母の無事を確認した後

そのままにしてきた私のマンションへ戻るべく外へ出た。

道行く途中で

ふくいくとした香りに顔を上げると梅の花が微笑んでいた。

深呼吸をして初めて私たちが生かされた実感を味わった。


明るい所で見る我が家は惨憺たる有様あった。

家具と家具がぶつかりあって、壁に穴を開けている。


  おそろしい。


地震の直後に八時間もかけて物資を届けてくれた大阪の従兄弟、

電話が不通で安否を確かめるべく

渋滞の中マンションまで来てくれた友、

無事を知って涙してくれた親友、

水を運ぶとき車を止めて手伝ってくれた見知らぬ青年。


  どんなものより美しい人の心。

   私が地震によってした体験は、

    その後の私の人生観を大きく変えてくれた。


あの震災から時が流れた今でも

ニ号線沿いの潰れた家の前を通る時

息がつまりそうになりそっと手を合わせる。

家の前に鉢を並べて美しい花を咲かせ

毎日笑顔で水やりをしていたおじいさん、

その様子を横で微笑んで眺めていたおばあさん、

お二人に伝えてほしい。


  今年は見事なつつじを見ることが出来ませんが

   本山の桜公園のつぼみも大きく膨らんでいます。

    きっと美しい花が咲いてくれることでしょう。

     おじいさん、おばあさん、安らかにお眠り下さい。


「カラスの鳴く時に」でした。

阪神淡路大震災の実話、明日につづく。

ヨッシ〜さん、掲示板の震災スレにつづってくれてありがとう。

じゃまたね。




2011/01/13(Thu) 阪神淡路大震災のお話:涙のペットボトル クワクワ MAIL 

現在深夜1時半!

今日も阪神淡路大震災のお話です。

実際にあったお話ですので目をそむけないでくださいね。

今日は「涙のペットボトル」です。

被災地近くの女性病院長が当時の地震について書いた手記です。

一部クワクワさんが編集してます。


<涙のペットボトル>


年賀状をまだ片付けもしないまま立春が過ぎ、

いつの間にか春を待つに遠くない頃となりました。

一生のうちでおそらく一番長い三週間が過ぎようとしています。

今日の当直室はとっても静かです。


通常日よりも次々と患者さんのあった

一月十六日の二次救急当直の夜のことでした。

もうそろそろ休めるかなと思いながら、

三人の患者さんと総婦長と外来診療室にいました。

その時に地震が病院を揺らします。


立っているとトランポリンの上にいるようでした。

「なにこれ?」と三回くらい思いました。

患者さんと一緒では慌てるわけにはいかず、

怖いけれど落ち着いた振りをせざるを得ませんでした。

揺れが収まった後、入院患者さんを手分けして看に行き、

ポケットのペンライトでとりあえず全員の無事は確認しました。

しかし、ガスの匂いが濛々と立ち込め、

一方では自家発電機が焦げ臭い。

すぐに患者さんの避難開始です。

手当たり次第、ほとんどが担送の患者さんでした。

白血球が少なく滅菌装置を使っている方もいました。

普段乗れない方も無理やり車椅子に乗せ、

毛布やシーツに乗せて患者さんを引っ張り、

空いたマットを庭に並べ、

そこへ引っ張り出した患者さんを並べていきました。

ベッドにしがみついてなかなか動いてくれない方。

「お願いだから言うこと聞いてよ」と

私たちも死に物狂いでした。

構内の看護宿舎から心配して駆け付けて来られたご家族の方々も

みんな必死でした。

いつの間にか陽が昇っており、

結果的に火災はなく全員無事にほっとしました。


それも束の間、

いつの間にかガラスで切った、なにかにぶつかった、

火傷した、などと、開けっ放しのあちこちの入り口から

人々が血を流してやってきました。

いつもならもう来ているはずの医師がまだ誰も来ません。

外の通りに一番近い作業療法室を仮の処置室と決めるまで、

うろうろしながら馴れない外傷の処置をしました。

どれ程の被災かもわからず、

その頃はガーゼ、消毒綿などもふんだんに使っていました。


三時間以上歩いてきたと言う医師が到着。

ふもとの町の悲惨な状況を聞き、

やっとラジオの音も耳に入ってきました。

その後、院内で倒れたロッカーを起こし、

一旦外に避難させた入院患者さんを院内に戻したりしました。

そのうちに、

若い大学生の遺体が運ばれて来たときには絶句しました。

私たちの病院は救急車の通り道から外れ、

火災もなかったため目を覆うような患者さんは

それほど多くはありませんでしたが、

長い長い一日はいつまでも終わりませんでした。


それからの何日かは仮設外来、

仮設病棟で診療しそこで仮眠を取りました。

まだ家族が土砂に埋まっているのだと、

点滴をしながらラジオの死亡者発表に耳を傾ける男性。

自分は助かったけれど、同じ下宿の友達が亡くなったと、

土砂に埋もれてけがをした下半身の回復を待つ大学生。


余震ごとに拡がる亀裂、水も暖房も無い中で、

高圧蒸気滅菌装置も壊れ、X線、コンピュータ断層撮影もだめ、

血液センターに電話が通じなかった当日はぞっとしました。

そういう状況下にやっと通じた電話で、

遠くの病院の先生や、友人、業者さんなどから

水、毛布、カイロ、医療材料など救援物資の申し出があり、

思わずいろいろ頼んでしまいました。


  どれほど嬉しかったか、

   この気持ちを表す言葉を知りません。


敷地の地割れや施設の亀裂などが明らかになっていく中、

自宅が全壊、半壊にあった職員さえも、

病院と患者さんを守るため働いてくれました。

が、やはり入院患者さんを

より安全な地域へ移転せざるを得ないと結論を出し、

二週間目は転院業務でてんてこ舞いでした。


病院探しに協力してくださった方々、

快く慌ただしい転院を受け入れてくださった病院の方々、

ありがとうございました。

そして有無を言わず転院してくださった患者さんたち、

本当にごめんなさい。

一人一人の患者さんを送り出す度に、

味わったことのない寂しさが込み上げました。

がらんとなった病棟の詰所で

何も言わない看護婦さん達のミーティングがもたれていました。

この何日かに流れた涙はペットボトルにとっておくべきでした。


  被災者や惨状に向けた悲しみの涙、

   患者さんたちとの寂しい別れの涙、

    職員皆の頑張りに対する感謝の涙、

     いろんな涙をためたペットボトルを。


外来だけとなった今、

病院は新たな復興に向けて動き始めました。

地域住民のためにも、被災された方々のためにも、

こんな時こそ病院としての使命を果たそうと、

近隣の避難所の訪問を開始しました。


  福祉と医療、行政と住民、

   ボランティア活動と保険医療など、

    私は様々な疑問と矛盾を感じながら

     日々忙しく地域医療復旧活動をお手伝いしています。


「涙のペットボトル」でした。

いいお医者さんでしょ。

悪い意味でニューズを騒がせてる一部の医師は別として

ほとんどのお医者さんはこんな優しい方々だと思います。


阪神淡路大震災のお話、明日につづく。

じゃまたね。




2011/01/14(Fri) 阪神淡路大震災のお話:安置所の母へ想いを クワクワ MAIL 

現在深夜4時!

今日も震災のお話です。

読んでいろいろお考えになってくださいね。

今日は「遺体安置所の母へ想いを」です。

当時二十九歳の女性の手記です。

一部クワクワさんが編集してます。


<遺体安置所の母へ想いを>


一月十七日の早朝。

それまで経験したことのなかった、

激しく長い地震の揺れで目覚めた。

揺れが収まったと同時に、消防署から

何台もの消防車がサイレンを鳴らして出ていくのが聞こえた。

「火事?」と思いながら起き上がってみると、

部屋の中は真っ暗だったにもかかわらず、

電化製品や陶器の置き物が散乱しているのが分かった。

急いで主人、そして主人の両親と共に家の外に出た。

隣の家がつぶれているようだった。


  その時にはまだ

   歩いて十分の距離にある私の実家がつぶれ、

    私の母が命を落としていようとは思いもしなかった。


母を荼毘にふすまでの九日間、

母の遺体はずっと王子スポーツセンターの

遺体安置所に置かれていた。

その間、二晩泊まったのを含め、

何度となく安置所へ足を運んだ。

その時に経験したこと、

そして、見た光景はきっと一生忘れることができないと思う。


十九日の昼過ぎ、私初めて遺体安置所に足を踏み入れた。

そこには次々と地震の犠牲者が

毛布や布団にくるまれて運び込まれていた。

そして、母の遺体が安置されていた剣道場には

百人を超える犠牲者が安置されていた。

私と姉が遺体安置所に着いたときには、

母の着ていた服が検視をしやすいようにハサミで切られ、

そして遺体には毛布がかぶせられていた。


母は、家の階段の辺りで

大きな梁にはさまれて亡くなっていたため

十七日には出すことができなかった。

しかし、翌日、

知り合いの建設業者の方に頼んで母を出してもらった。

私はその時に初めて、

顔や手足が青くなってしまった母の死んだ姿を目にした。


先生が検視をしている間、

他の人に母の姿を見せないように

私と姉、そして叔父夫婦で毛布を持ち母の遺体を囲んでいた。

その間、私は検視の様子を呆然と見ているだけだった。

しかし、母の背中に梁の跡があるのを見て、

また、母の死に顔を見て、

母があまり苦しむことなく

一瞬で亡くなったんだろうということが理解でき、

検視が終わったとき、

ようやく『母の死』を受け入れることができたような気がした。


母の検視が終わり、

姉と叔父夫婦の四人で、母の体から土を落とした。

そして私と姉とで母の顔にファンデーションを塗り、

唇に口紅をさしてあげ、

そして、爪にマニキュアをしてあげた。

しかし、鬱血して青くなり、

触れただけで皮膚がさけてしまいそうな母の顔には

なかなかファンデーションがのらず、

青くなってしまった指には

マニキュアも全く映えなかったのはとても悲しかった。


母の化粧が終わった頃、

隣の列の犠牲者が検視のため服にハサミを入れられていた。

私と同年代くらいの夫婦だろうか。

2人の子供を同時に亡くしたらしく、

子供の着ていた服にハサミが入り、

服をぬがされると夫婦は号泣し始めた。

毛布を再びかぶせられた遺体の大きさから思うに

2人の子供は7歳くらいと3歳くらいで本当に小さかった。

そこらじゅうに号泣してる人がいる、

安置所にいるとそれがごく普通の光景だった。

私自身、小さい子供がいても不思議ではない年齢だと思うと、

その夫婦の姿がとても痛ましく思われた。

同時に、もし、私自身に子供がいたら、

あの地震の中で守ってやることができただろうか、

と自問自答をしていた。


検視のあった日の夜、やっとお棺が来た。

お棺に母を納めるとき、母の体に触れるとすごく冷たかった。

それまで遺体に触れたという経験がなかった私は、

その冷たさにびっくりしてしまった。

硬直してしまっている母に着物を着せ、

お棺に入れるのには大変手間どった。

また、母の重さにもびっくりしてしまった。

よく災害や事故で何人もの男の人が

一つの遺体を運んでいる様子をテレビで見ることがある。

その理由が本当によくわかった。


その晩、主人の母と遺体安置所で夜を過ごした。

剣道場ということもあり、とても寒かった。

しかし、十七日、十八日と電気のない自宅で過ごしていた私には、

こうこうと明るい中で寝ることができたせいか、

二、三時間ほどぐっすりと眠ることができた。

でも一旦、目が覚めると、

外を縦横無尽に走っている救急車、消防車、

パトカーのボリュームいっぱいのサイレンの音が耳に入り、

また、その音で余震の恐怖をかきたてられ、

なかなか眠りにつくことができなかった。


地震のあった一月十七日から

母を西神斎場で荼毘にふした二十五日までの九日間は

とても長い長い時間だったように思える。

また、その間は無我夢中で過ごしていたように思う。


地震からニカ月が経とうとしている今、

私は母の死を納得はしている。

しかし、母の冷たかった肌の感触を覚えているにもかかわらず、

いまだに母の死を実感できていない。

これから先、私が子供を産み、

育てていくようになってようやく、

『母の死』を実感できるのではないかと思っている。


「遺体安置所の母への想いを」でした。

人の「死」ってのはほんとにねぇ・・・・・

この「死」の漢字なんだけど

「歹」が骨を、「ヒ」が人の意味を指し示してます。

会意文字なんだけどよくできた漢字でねぇ。

「死」んで「ヒ(人)」が焼かれて無くなっちゃうと

「歹(骨)」だけになっちゃうってことです。


震災のお話、明日につづく。

じゃまたね。




2011/01/15(Sat) 阪神淡路大震災のお話:幸せが降った場所 クワクワ MAIL 

現在深夜4時!

今日も阪神淡路大震災のお話です。

クワクワさんが実話を編集してます。

「幸せが降った場所」、どうぞ読んでみてください。


<幸せが降った場所>


私は阪神大震災の被災者です。

被災する前までは大きな災害時に、

被災地の様子をテレビで見ても

他人事くらいにしか思っていませんでした。

しかし、震災を体験してから、その悪魔が

前触れなく人の身に襲いかかってくることを知りました。

それに、私を襲った悲劇は地震だけではなかったのです。


私は、地震の前の年に結婚し、神戸市長田区に住んでいました。

1995年1月17日早朝の暗闇の中の突然の衝撃は

頭の中で地震によるものだと認識するまで

随分な時間を要するほど激しい揺れでした。

揺れが収まると同時に飛び交う人々の甲高い叫び声、

夜が明けると昨日までの街とは別世界、

家は傾き、ビルは倒壊、生気を失った人々の交差する街。

頭に傷を負った老女が私にすがってこう言われました。


 この歳になってまで、どうしてこんな目に遭うの。

  家と一緒に私も潰されてしまえばよかったんじゃ。

   もう生きとうない、生きていとうないんじゃ・・・・


そんな人々と絶望の空気で道路はいっぱいでした。

いくら周囲を見渡せど、そこに神様は見つかりませんでした。


それから一カ月が過ぎ、

水と食糧の配給を受けて避難生活にも慣れた頃、

向かいのアパートから一人の人が飛び降りました。

家も子供も失った六十四歳の女性の自殺でした。

その人は近くの小学校に避難していて、

そのアパートの住人ではなく、

落ちた場所は他の人が駐車していた車の上でした。

自分の命を絶つ場所を捜し求め

実行してしまったその人の心情は計り知れないとしても、

他人に迷惑をかける自殺には疑問を感じたものです。

自殺された家の人が

血のついた車と地面を掃除している光景はとても気の毒で、

思わぬ二次災害に遭ってしまったんだと、

自殺した人よりも掃除されてる人の方に同情したのを憶えています。

その時、私はふと思いました。

傷だらけの人を見ても、死んだ人を見ても涙は出なくなっていました。

危険な建物の中や、その横を歩いても恐怖心がなくなっていました。

水を求め、食糧を探し、自分が生きることに必死で、

自分の感情を露にする余裕もなかった。

報道されることはあまりなかったのですが、大勢の人が自殺しました。

私には、自分のことだけを考えて自殺できる人が羨ましかった。

私には家族があり、何よりも愛する主人がいましたから。


主人の経営する会社は借金状態で、

何とかやりくりしていた所への災害だったので、

震災後は再建の見込みはなく、苦しい毎日を送っていました。

いっそ死んでしまった方が楽に・・・

そう思うこともしばしばでした。

震災に遭う前、

それまでの当たり前の生活がどんなに幸福なことだったか、

後になって分かってもどうしようもない。


それから三年、崩壊した神戸には仕事はなく、借金は増え続けました。

毎日の苦痛の生活は

時間が経つほど夫婦関係にまで影響を及ぼし始めました。

震災は、人の心までも蝕み、

とうとう夫婦の絆にもメスを入れたのです。


  災害は人の「生活」だけでなく、

   人の「心」までも変えてしまうことを思い知らされました。


私は何もかも失いました。

たくさん諦めました。


 生きる気力がありません。

  生きてる意味も分かりません。


何も考えられないはずなのに、

震災当時の出来事が走馬灯のように脳裏を駆けめぐりました。

眠りにつくことさえままならなかった。

どうしてよいのか分からないままに

私は自然溢れる実家に帰ることにいたしました。

時の流れに逆らわず自然に身をゆだねていると

いつの間にか食事が喉を通るようになりました。

ぐっすりと眠れるようにもなりました。

そんな中、ふと空を見上げると空が青いことに涙がこぼれました。


  木はそこに、

   そこにただあるだけなのに生きている・・・


そんな当たり前のことに感動し、涙がとめどなく流れました。


  私には手がある。

   足がある。目もある。


そして、自分の体を眺めたのです。

自分が、ただここに生きていることに喜びを感じた瞬間でした。


それから私は

少しずつ自分というものを取り戻して生活できるようになりました。

しかし・・・・・


そんな矢先、八月二十六日、二百年に一度と言われる洪水に遭いました。

夜通し鳴り響く雷と豪雨で家の隣の川は氾濫し、

辺り一面に濁流が押し寄せ、

遠くで救助の声はするのですが、避難することすらできませんでした。

もう家と一緒に流されてしまうのだと思いました。

それでも不思議と恐怖心はなく、

このまま死んでもいいと思いながら眠りにつきました。


翌朝私は生きていました。

そして私は自分の体を見回し、生きていることの喜びを再び感じました。

水の流れる音、かすかに差し込むあたたかい朝日、

それらに感動した時、涙がポロポロ流れていました。

それは、自然の織りなす美しさを味わうことができた瞬間でした。


  自然は私を何度も苦しめたのですが、

   人があまり気付けないような

    当たり前だと思ってきたことに感動する心もくれました。


この先、私に何が起ころうとも、

この気持ちを忘れないで、生きていきたい。

今、私は二十八歳。

ささやかなことに感動できる気持ちを、

ただ生きていることの喜びを、

深く心に刻みながら前を向いて真っ直ぐ歩いていきたい。


  この気持ちを失わないことが、

    私の心の本当の「復興」だと思うから・・・


今あるささやかな幸せを、一人でも多くの人に感じて欲しい。

そして、今身の周りにある幸せに気付いて

それを大切にしてくれることを私は願っています。

それはきっときっと、

あなたにとって、かけがえのない幸せだと思うから。


「幸せが降った場所」でした。

震災実話、明日につづく。


じゃまたね。




2011/01/16(Sun) 阪神淡路大震災のお話:きれいになった店長 クワクワ MAIL 

現在深夜2時!

今日も阪神淡路大震災の時の実話です。

これはとっても悲しいお話なんなんだけど

現実に起こったことです。目をそらして逃げないで。

当時19歳の女性の手記です。

一部編集してます。


<きれいになった店長>


一月十七日、私たち家族四人は二階で寝ていた。

その日の五時四十五分、父の目覚し時計が鳴った。

そしてその1分後の五時四十六分、

布団から起き出した父は階段の一番上に立っていた。

その時静かに家が揺れ始めた。


  あ、地震!


そう思ううちにグラグラきて、

母が大声で「地震だ!」と、騒ぎ始めた。

姉は起きて窓の外を見ていたようだ。

グォー、グォー、ものすごい地鳴り。

布団に潜っていた私の上に箪笥が倒れて来た。

揺れが収まった時、

私は動けなくて姉の助けを借りるしかなかった。

私が箪笥の下敷きになっていることに気付いた姉は、

急いで私を引っ張り出してくれた。


  これはただの地震じゃない。

   とにかく家の外に逃げよう。


電気はつかない。

手探りで階段を下りるしかなかった。

幸いなことに家族四人は皆無事だった。


外に出るとあちこちに人が自宅から出ていた。

家の瓦がそこら中に落ちている。

母が「まだ、危ない」と言うのに、

父が家に戻って懐中電灯で中を見ると、

地震直後には気付かなかったことがたくさんあった。

何もかも元の場所になかった。

ピアノも冷蔵庫もテレビもガラクタのように転がっている。

上の物は落ち、ガラス食器はグチャグチャ。

まさに足の踏み場もなかった。


  時計だけが五時四十六分のまま止まっている。


その日はとても寒い日だった。

明るくなってからは外で厚着で日なたぼっこ。

家の中より外の方が暖かい。

電気ストーブはガラクタ同然、

テレビがつかないので地震のことも分からなかった。

大きな余震が続いている。電話もつながらない。


プロパンガスを積んだガス屋さんが目の前を通った。

頭には生々しく血のついた包帯が幾重にも巻いてあった。

それでも仕事をしている。

地震で物が落ちて来てぶつかったそうだ。

地震の恐ろしさにゾッとした。

それでも私の家はまだましのようで、

午後一時過ぎには電気もガスもついた。

テレビをつけると、二百人もの人が犠牲になったことを知り、

驚きとどうしてという気持ちになった。


友人と電話がつながった時の初めの言葉は、

「死ななかった?」だった。

電話でそう言われたのは初めてだった。


一月十八日、社員さんが電車が動かず来られないというので

アルバイト先の花屋に手伝いに行った。

家と一緒でひどいもので花瓶は割れ、植木もあちこち倒れていた。

私とアルバイトのおばさんで

正午になってようやく片付けが終わった。

おばさんは電話をして、社員の無事を確かめていた。

どうしても連絡がつかない人がいる。


   店長だ。


店長の友人や親から、連絡はなかったかと電話がかかってくる。

しかし、店長本人からは全くない。

しかし私は心配しなかった。


   店長は必ず生きていると信じていた。


午後五時頃、もしかしたらということで、

仲の良かった社員の人が

阪急電車の山本駅近くにある店長の家を見に行ってくれた。

一時間近く経って、店長の住んでいたアパートは

どこに建っていたか分からないぐらい

グチャグチャに潰れていると連絡が入った。

おばさんは「もうだめかもしれない」と、言った。

しかし私はきっとどこかで酔っ払って、

友達の所に泊めてもらっているんだと思っていた。

店長はお酒が好きで二日酔いでよく遅刻したこともあったから。


十九日になって店長を見に行った社員さんが来た。

社員さんは何も言わず泣いている。

「まさか、ウソだ、びっくりさせようとしているんだ」、

そう思って

「店長は大丈夫だったよ」と言ってくれるのを待った。


  でも私が聞いたのは

   「店長が死んじゃった」という言葉だった。


信じられないし、ウソとしか思えなかった。

あの地震で知ってる人が亡くなるなんて。

涙が出ない。時間が止まっていた。

誰が信じられるだろうか、

地震が起きる前日の十六日には一緒に働いて、

仕事中に「今度カラオケに行こう」と話していたのに。

カラオケにもまだ行っていないじゃないか。

それに、その日たまたま私が店長に

「私の身近な人は誰も死んでないから、死んだ人は怖いです」

と言ったのを覚えている。

すると店長は「死んだ人はきれいなのよ」と優しく言ってくれた。

仕事の帰りぎわには、

「花や水を触っていると手が割れるし、

 黒くなって汚いでしょう」と店長自身の手を見せてくれた。

私は店長に「そんなことないよ」と言った。

その日店長の後ろ姿を何となく見た記憶がある。

その後ろ姿が最期になるなんて悲し過ぎる。

もう店長と話すことも会うこともない。

たった一分の地震で。

店長はまだ二十八歳だった。


二十日、遺体が安置されている体育館に最期の別れに行った。

避難している人も大勢いた。

泣いていると思った店長のご両親やお兄さんは泣いていなかった。

涙も枯れてしまったのかな。みんな目は赤かった。


私はただ茫然と店長の棺を見ていた。

頭の方に名前が貼られていた。

それでもまだ店長の死は信じられなかった。

一緒に来ていた社員さん二人は泣いていた。

私もここまで来れば泣けると思っていた。

でも涙が出なかった。

なぜ私がここにいるのだろうと思っていた。


  前日まで一緒に働いてたじゃないか。


私は何も話さないまま棺とお別れをした。


体育館からの帰り、急に泣き出してしまった。

手を見せてくれたこともまだはっきり覚えているのに。

店長が言った、

「死んだ人はきれいだよ」という言葉もはっきり思い出された。

身近な人を亡くすことは

こんなに悲しいことかとしみじみ思い知らされた。


次の日、店長は骨だけになった。

私の大好きな店長はもうこの世にいない。


  紙一重で地震から助かった人たち、

   まだ大地震の経験していない未来の被災者の方々へ、

    私から一つだけお願いです。命を大切にしてください。



女性の手記「きれいになった店長」でした。

明日につづく。明日は16回目の震災命日だな。

じゃまたね。




2011/01/17(Mon) 阪神淡路大震災のお話:残された命の意味を クワクワ MAIL 

現在深夜0時半!

とうとう今日は、あの震災から16年。

震災で犠牲になった多くの方の命日です。

神戸・淡路の方を向いて手を合わせましょうぞ。


今日も震災のお話。

今日は女性「幼稚園の先生」の手記です。

これで震災の実話シリーズは終了です。


<残された命の意味を:命語るのが私の使命>


震災後、私は

2人の子を亡くした両親に手紙を書いて誓ったことがある。


  私は、一生この仕事を続けます。

   生きてる限り、2人の命について語っていきたい。


幼稚園の「ぞう組」の担任だった私は、

5歳で逝った米津深理ちゃんだけでなく、一緒に亡くなった

兄の漢之君(当時7歳)が年長組みだったときも受け持った。

私は3人の園児を失った幼稚園で、ぞう組を任された。


  「死」についてどう話せばいいか。


園児たちを「怖がらせるだけかもしれない」とも考えたが、

死の意味を曖昧にはしないと決めたのは、

私自身の体験があったからだ。 


私が5歳の春、父が病死した。

妊娠中の母、小1の兄と自分の3人がこの世に残された。

号泣する母の姿を見て、周りの景色が涙でかすんだ。

自分の心臓の音だけがドキドキ聞こえた。

いつもと違う自分の心臓の音を聞きながら

幼心に「お父さんにもう二度と会えないんだ」と分かった。


その後、母も病気で入院し、

生後間もない弟が九州の親戚に預けられることになった。

「私も行きたい」と泣いたのを憶えている。

これ以上、家族が引き裂かれてはいけないと思った。 


  幼くても、

   死を目の当たりにした子供は懸命に考える。


私はこのような経験から


  悲しみを直視するから今を大切に生きられる。

   園の子供たちも保護者もきっと分かってくれる。


と信じ、ぞう組の園児に向き合った。


 死んじゃったら、お母さんに会いたくても会えないんだよ。

   深理ちゃんのお父さん、お母さんは毎日泣いてるんだよ。


園児たちに、自分自身が家族にとって

どれほどかげがえのない存在かと、気づいてほしかった。 


「悲しい」

「そんなん、あかん」


と、徐々に園児たちから反応が返ってきた。

教室では亡くなった2人の亡き友の写真と一緒に過ごすことも、

自然な成り行きであり、いつもの風景になっていった。


ある日、窓ガラスにスズメが衝突して死んだ。

園児たちは、


 すずめさん、深理ちゃんの所に行ったのかな?

  天国に行ったら深理ちゃんに会えるんだろうね。


と話し合った。

別のスズメが飛んでくると、


  死んじゃったスズメさんのお母さんかもしれないね。

   きっと、子供に会いに来たんだよ。


と、死んだスズメを屋外のテラスにそっと置いた。 


そんな出来事を深理ちゃんに伝えるため、

仕事帰りに、亡くなった2人の遺影に毎日単車を走らせた。

「命を大切にする気持ちが、園児の意識の奥底に残ってくれたら」

と、私にとって願い続けるだけの一年だった。 


卒園式の前に話をした。


 深理ちゃんの名前が呼ばれた時、

  深理ちゃんの分まで頑張っていこうと思う人は、

   深理ちゃんに代わって大きな声でお返事していいからね。


数日後の卒園式で、深理ちゃんの名前が呼ばれたとき

ぞう組全員の


   はいっっっっっ!!


と割れんばかりの元気な返事が会場にこだました。

それは天国の深理ちゃんに届くであろう大きなこだまだった。

「こだま」は「木霊」、そして「子霊」になったような気がした。


私は、震災の6年後にその幼稚園を離れ、2つの園に赴任した。

冗談で「死ね!」の言葉を口にしてしまう園児には、


  言われたらどう思うかな?

     本当に死んでいいのかな?


と丁寧に語って聞かせた。


  「死ね」の言葉を平気で口にする大人には

     絶対になってほしくなかった。


テレビで報じられた凶悪事件が話題になると、

「殺された人のお母さん、どんなに悲しいやろね」と。 


自分も二人の娘を授かった。

長女を保育園に迎えに行く途中、


   もし、この子がいなくなったら・・・・・


と考え、涙が止まらなくなったことがある。

震災で犠牲になった園児らの両親のことが、

また違う痛みとしてあれから14年経った私の心に突き刺さった。 


ぞう組は、それぞれに10代を過ごした。

教え子たちが今も、折々に

家族と深理ちゃんの思い出を話していると聞くと

胸がいっぱいになる。


定年が近づいた頃、彼らの子が幼稚園に通っていて、

親たちと再び命の重さについて語り合う。

そんな日が訪れるまで、私は「命の語り手」として生き続けたい。

「死」の言葉を軽々しく使う人がこの世からいなくなるまで

「死」の言葉を冗談半分で使う人がこの世からいなくなるまで

命の大切さについてずっとずっと語り続けていきたいと思う。


最終話「残された命の意味を:命語るのが私の使命」でした。

明日は「地震に備えて:しておくべきこと」です。

それでは合掌、亡くなられた方・・・安らかに。


じゃまたね。




2011/01/18(Tue) 阪神淡路大震災のお話:災害が起こった時に クワクワ MAIL 

現在深夜3時!

今日で震災シリーズ終了です。

昨日まで被災者の方の手記を載せてたんだけど

今日は「災害に備えて」&「もし災害が起こったら」。

目を通してみてね。


<災害に備えて>


1、家族があわてず行動できるように、

 普段から話し合ったり、確認したりしておくこと。


・避難場所、避難路はどこにあるか

・家族間の連絡方法と最終的におちあう場所

・家の中でどこが一番安全か

・救急医薬品のある場所


2、家具の固定


固定器具はいろいろ売っていますが「鎖もの」は避ける。

震度7の揺れには鎖は耐えられない。

L字型の金具で家具自体を壁に打ちつける。

大型テレビやピアノが数メートル飛ぶくらい揺れるから。


3、寝室に背の高い家具を置かない


阪神大震災での死者の多くは、火災と寝室での家具による圧死です。

圧死は6割に及ぶとか・・・

大きなタンスの横で就寝されてませんか??

そんな「就寝」は「終身」を引き起こします。


4、非常時のために物品の用意


ラジオ、懐中電灯、くつ、

それにコンロ、避難時にはガスコンロが役立つそうです。

電気と違い、ガスは復旧までずいぶん時間がかかるらしい。

懐中電灯には要注意です。

いざという時に電池が切れていた、

こういった出来事が多かったそうです。

どうしても持ち出したい貴重品は部屋の奥とか、押入れにしまわない。

家が倒れることもあるだろうし、

停電になったら、探し出すのが困難になるから。

手元に置いておくこと。

あと、メガネ。

すぐメガネがかけられるようにメガネの置場を考えておく。

メガネをなくして苦労したという話は多くあったそうです。

コンタクトの人も、水が出ないのでメガネが必要です。

さらに「帽子」。

避難所での、何日も風呂に入らない生活では髪はボサボサになります。

あった方がいいですね。

しかし、最も重要なのは「水」です。

使用済み水の風呂への汲み置き、

庭にペットボトルに水を入れて非常時に備えるのも有効です。


5、ガス製品から電気製品に


災害時、電気は比較的早めに復旧します。

阪神大震災の時には、ガスの復旧に3ヶ月以上かかりました。

今はどうなんだろう。


6、地震保険や火災保険


これは支払われないことが多かったそうです。

証明が大変らしい。延焼には保険おりませんし。

たくさん支払われた例もあるにはありますが、

すべての人に保険金をもれなく払ったら、

保険会社の経営は成り立ちませんしね。

保険の加入はよく考えて。


次に「災害が起こった時」に何をするべきか??

被災者の体験談を元に編集してみました。


<もし災害が起こったら>


1、避難は徒歩で。


避難するときは、必ず徒歩で避難する。

車の使用はできるだけ控えないと緊急車両の邪魔になります。

それに、地震で道路が破損していることもしばしば。

阪神の震災時には、

破損に気付かずに陥没道路に突っ込んだ車が多かったそうです。

道路の破損は、よほどその箇所に近づかない限り分からないらしい。

遠くから見ただけでは道路の破損には気付かないことがほとんどです。


2、持ち物は少なく。


震災後、避難するときは

携帯品は必需品のみにして、背負うようにした方がベター。

狭い路地、壁際、がけや川べりを通らない。

落下物やブロック塀の倒壊の危険地域には近寄らないように。


3、水をためること。


これが最重要項目のようです。

飲料水もそうだけど「トイレ」に相当困るようです。

普通の水洗で1回に「バケツ2杯分」が必要になります。

避難所で、自衛隊の給水に長時間並んでも

1人で運べるのはバケツ2杯。

1回並んで(1時間くらい)トイレ1回分しかもらえないようです。


4、屋内でも靴を履く。


暗ければ、足もとの様子が全く分かりません。

グラスや食器、窓ガラスがそこらじゅうで割れています。

水が出ないから傷口が洗えない。だから、清潔に保てない。

病院は重症の患者さんで一杯ですしね。


5、家を離れるときは、ブレーカーを落とす。


阪神大震災では「通電による火災」が非常に多かったそうです。

電気はガスや水と違って半日〜3日くらいでかなり復旧するようです。

通電時には、電力会社の人が各家を回って人がいるのを確かめてから

通電するのが原則らしいのですが、

災害時には不可能なので勝手に通電されることも多いようです。

それにより多くの「通電火災」が発生し、全焼家屋が多かったようです。

地震後何時間も経ってから火事になった家が多くあったようです。

お気をつけを。


6、電話はすぐに。最低限の人だけに。


揺れがおさまって30分くらいは電話も繋がることが多いようです。

電話する余裕なんかない人も多いし、

地震があった地域以外の人は

まだニュースを見てなくて知らないことが多いから。

だから、両親・親戚、心配してくれそうな友達、

会社に連絡を入れ、無事を知らせておきます。

最低限の人数に、できるだけ早く無事を知らせること。

そして、みんなに伝えておいてもらいます。

電話は一度繋がらなくなり始めたら大変です。

あと、携帯電話については役に立った、

逆に役立たなかった、人により様々なようです。

最近は通信技術は発達してるしどうなんだろうか。


【あとがき】

連日震災についてつづってきたんですけど、

別にみなさんに毎日地震に怯えてもらおうと思って

記したんじゃありませんよ〜

ホウムセンタに買い物に行ったときに

「お、これ役立ちそうだから買っておこ」とか

「ペットボトルに水を汲んで

 いざというときのために庭に置いとこ」とか

そう思ってもらおうと思って書いてきたの。

寝てる部屋のタンスが倒れてきても大丈夫ですか〜

子供の頭上にタンスなど重いものを置いてませんか〜

これは子供にナイフをつきつけてるのと同じですよ〜


これだけ異常気象が続いている現代、

巨大地震はいずれ必ずこの国を襲います。

5年後かもしれないし明日かもしれない。

これは「予言」じゃなく「警告」です。

だから地震に備えて大事な人の命を守ってくださいね。

「自分たちはそんな目に遭わない」の考えは捨てないとね。

この点が一番重要だと思います。


じゃまたね。




2011/01/19(Wed) 恥ずかしいお話:携帯電話の秘密 クワクワ MAIL 

現在深夜4時!

長文掲示板の震災スレッドに書き込んで頂いたみなさん、

とってもいい板を作ってもらってありがとうございます。

ヨッシ〜さん、くりたろうさん、すそのさん、

Ashtakaさん、ぷーさん、GoGoさん、

トナミーん、聖さん、そして・・・・・

昔懐かしい味のわーい32さん、

みんな待ってたぞ、久しぶり〜。

クラウンシチーさんには

日記でこちらを紹介までして頂いて感謝でいっぱいです。

あぁ、今年も震災スレッド立ててよかったです。


  どうもありがとうございました!


閑話休題、

昨日携帯電話の機種交換しに行ってきた。

現在所持してる電話はとっても古いブツだったから。

なかなかGreatな電話でねぇ。

どのくらいGreatかって言うと

バッテリーの充電した後、電話で1分お話すると

ピィーーーって電池がなくなっちゃうんだ、すごいだろ〜

はっきり言って電話の意味を成さない

ただの金属の「かたまり」の状態になってた。

これじゃ震災など緊急時に困るから

¥3000持ってシブシブ機種交換しに行った。


で、電話屋さんでビックリしたんだけど・・・


クワクワ:あの〜、機種交換よろしくです!

店員♀ :それじゃ機種をこの中から選んでください。

クワクワ:えーと・・うおっ!!よ、よんまんえん!?

店員♀ :お客様のポイントは8000以上ありますよ。

クワクワ:あのー・・・もっと安いのないですか?

店員♀ :古い型になりますけどいいですか?

クワクワ:いいっす!費用がかからないなら何でもいいっす!

店員♀ :それじゃこちらから選んでください。テレビは?

クワクワ:家のテレビは既に地デジになってます。ご心配なく。

店員♀ :? いや、テレビ機能はついてない機種ですけど。

クワクワ:地デジのことですか?

店員♀ :えっ?

クワクワ:えっ?

店員♀ :携帯電話のテレビ機能のことなんですけど。

クワクワ:あははwこれテレビじゃないですよ、携帯電話ですよ。

店員♀ :えっ?

クワクワ:えっ?

店員♀ :携帯電話でテレビを見るんですよ。

クワクワ:携帯電話は電話とメイルに使うんですよ。

店員♀ :えっ?(オィオィ、この人ナニ言ってるんだ?)

クワクワ:えっ?(オィオィ、この人アタマだいじょうぶか?)

店員♀ :ほら、こーしてテレビが映るんですよ。

クワクワ:おお!電話にテレビ映ってる!!ノーフューチャ!!

店員♀ :こんなテレビ機能はないですけど、それでいいですか?

クワクワ:いいなぁ、その電話・・・いくらですか、それ?

店員♀ :これは最新機種ですので¥57000です。

クワクワ:ぼく¥3000しかないので結構です。

店員♀ :そうですか、それじゃこちらの古いのでいいですか?

クワクワ:あの、¥3000払うのでテレビ見れるのないですか?

店員♀ :えっ?(あるわけねーだろ、ばーか、帰れ)

クワクワ:えっ?(そうっすよね、店員さん、ぼく帰ります)


そんなこんなで携帯電話の機種交換は無事に終了した。

携帯電話の価格とテレビ機能にびっくりした。

あまりにCultureショックを受けたので

教室で子供らにそれとなく訊いてみた。


クワクワ:ちょっとチミたち、電話持ってるか?

女生徒A:持ってるけどナニ〜?

クワクワ:チミらなぁ、電話でテレビ見ることあるのか?

女生徒B:んなことはフツーでしょ、見てない人っているの?

女生徒A:いないでしょ、普通見るよね〜

クワクワ:携帯でテレビ見れること知らない子もいるかな?

女生徒B:知らない子って絶対にいないって〜

女生徒A:知らないのは魚類の「シーラカンス」くらいよね〜

女生徒B:そうそう生きた化石人〜w シーラカンス〜w

クワクワ:うわっはっは!そーだよナーーー!!

全員  :ぎゃはははははっ!!


とっても悲しかった。

どうやらワタクシのご先祖さまはシーラカンスだったようだ。

まさか自分が魚類だったとは・・・

ちなみに趣味は深海遊泳です。アフリカの海底を泳いでます。

この携帯TVのこと、

知らなかったのはクワクワさんだけなんだろうか。


久しぶりに菌詰めした。

昨年の秋に採ったグランディスマニプール幼生の2本目。

現在2令幼生。

全部1000ccデブに入れることにした。

♀はこれで羽化してくれるはず。

♂はもう1本必要かな。


じゃまたね。




2011/01/20(Thu) ラグビーのお話:支えあう社会の実現に クワクワ MAIL 

現在早朝5時!

教室で同業の方と話し込んでた。

ずいぶんと遅い帰宅になっちゃったわ。


アメリカの失業率がずいぶんと改善してますね。

9.8%から9.4%に大幅に改善してる。

これは軌道に乗ればアメリカ経済が再生するかも。

そうなるとこの国の雇用も復活する可能性があるな。

ちょっと明るい日本の未来が見えた!・・かもしれない。


今日はとってもいいお話。

今月の上旬の高校ラグビー決勝での出来事です。


<高校ラグビー:レフェリー長男のために決勝2校が募金>


【桐蔭学園−東福岡】

劇的な引き分け決着で桐蔭学園と東福岡が優勝を分け合った

8日の全国高校ラグビー決勝。

ノーサイドの後に、もう一つのサプライズが待っていた。

主審を務めた麻生彰久レフェリー(34)に、

両校主将が閉会式途中で歩み寄り、

生徒や部関係者からの寄付金が入った募金箱を手渡したのだ。

重い心臓病と闘う麻生さんの長男

修希(しゅうき)ちゃん(2)の心臓手術のためで、

突然の出来事に麻生さんは

「自分は主役じゃないのに」とうれし泣き。

「息子も皆さんの応援に応えて

 頑張ってくれるんじゃないか」と期待を込めた。


麻生さんは福岡市東区在住で、

日本ラグビー協会公認のA級レフェリー。

08年10月に誕生した修希ちゃんは、

生まれつき心臓に疾患があり、手術を繰り返した上、

現在は心臓の筋肉が拡張して薄くなる

「拡張型心筋症」で療養している。

法改正により日本でも15歳未満の臓器提供は可能だが、

幼児のドナー例はないため、

米国での早期の心臓移植を目指している。

高額な費用を賄おうと、

昨年10月にラグビー関係者らが発起人となって

「修ちゃんを救う会」をつくり、

1億5000万円を目標に寄付を募ってきた。


桐蔭学園のコーチから募金への協力を提案され、

藤原秀之監督(42)は準決勝翌日の6日、

東福岡の谷崎重幸監督(52)に電話で連絡。

「決勝で笛を吹いてもらう感謝の気持ちを込めて」と

谷崎監督も快諾し、

両校の部関係者に募金箱を回すことを決めたという。


募金箱を手渡した東福岡の水上彰太主将(3年)は

「少しでも力になれば」と心配そうに話し、

桐蔭学園の小倉順平主将(3年)は

「息子さんに元気になってほしい」と願った。

全国高校大会の決勝で初めて主審を務めた麻生さんは

「いい選手ばかり」と目を細めた後、

「両校とも力を出し切っていた。

 私としては両校優勝で良かったと思う」と胸をなでおろしていた。


募金額は8日現在1億4000万円を超え、

麻生さんは渡航手続きが整い次第、渡米するという。

募金は今後も「救う会」

(092ー672ー4107)が続ける。


いいお話でしょ〜 これぞスポーツマン。

All For One! One For All!

こうしてみんなで支えあう社会って理想的ですよね。

この国には伊達直人さんもたくさんいるし

矢吹丈にウルトラマンに桃太郎、肝っ玉かあさんまで。

あと政治が健全になって、経済さえ立ち直れば

この国はサイコーの国になれるんじゃないかな。美しい国に。

世界中で、The Most Wonderful〜


ストック個体のエサ交換した。

まだ羽化から日数が経ってなくて

後食してない個体も多いのでエサの消費量も少ないわ。

越冬中の個体は1ヶ月に一度の交換でOKだし。

エサ交換に関しては夏と冬のギャップが大きいですよね。

夏なんかずっとエサ交換に追われるのに。エッサ〜ホイサ〜


じゃまたね。 




2011/01/21(Fri) 童謡のお話:No1は「ぞうさん」 クワクワ MAIL 

現在深夜2時!

芸能人の・・・名前は鳥居みゆき?だったかな、

あの人はドウしても好きになれないな。

なぜ人気があるんだろうか・・・不思議。

あと沢尻エリカも好きになれないな。

あの人もなぜ人気があるのか分からないわ。

鳥居・沢尻VS森三中、どっちがいーい?

って言われたら森三中の方がまだいいわ。


今日は「童謡」のお話です。

童謡ってのは何歳になっても忘れられないんだよな。


<我が子に歌うのは「童謡」>


子育て中の親が歌って聞かせるのは、

アニメやテレビ番組の歌より童謡。

日本公文教育研究会のアンケートで、

童謡の根強い人気が明らかになった。

同会は

「言葉による親子の絆づくりに関心を持つ家庭では、

 コミュニケーションのひとつとして、

 童謡の歌い聞かせを取り入れるケースが多い」とみている。


同会が絵本の読み聞かせをしている親を対象に設けている

インターネットのサイト「ミーテ」で4〜5月に調査。

未就学児らの親1273人から回答があった。


歌い聞かせている歌は童謡(35%)、

テレビアニメ、子ども番組に出てくる歌(29%)、

CDやDVDに出てくる歌(17%)、

親が好きなヒット曲など(13%)の順だった。


童謡には

「ゆっくりとした曲が多く、子どもも聞き入っている」

「言葉が分かりやすく、子ども自らも歌おうとする」

という感想が目立った。

「歌が苦手な夫や祖父が、

 子どもが喜ぶ童謡を懸命に歌う様子がほほえましい」

などのエピソードが寄せられた。 


また、「よく歌う童謡」を5曲程度挙げてもらったところ、

1位は「ぞうさん」、2位には「チューリップ」で、

上位には、動物や遊びを取り上げた歌が多く並んだ。


童謡のアンケイト結果でした〜

以下、順位です。

みなさんのFavoriteな曲は入ってますかねぇ。


■よく歌う童謡ランキング

1 ぞうさん

2 チューリップ

3 ゆりかごのうた

4 いぬのおまわりさん

5 げんこつやまのたぬきさん

6 大きな栗の木の下で

7 むすんでひらいて

8 どんぐりころころ

9 ちょうちょ

10 森のくまさん


おおお、まじで〜〜〜

「シャボン玉」と「ももたろさん」が入賞してないとは。

「うーらの はたけで ポチがなく〜」も入ってないね。


パラワン赤眼の♀が全部羽化した。

体不全は1頭もなし。

パラワンは♂過多なのでこれはよかった。

あとは♂幼生だな。

羽割れでの羽化は勘弁ちょ。

♂は全体的にかなり大きい個体が出てきそうで楽しみだわ。

全部95mmは超えてきそうな感じ。

100mm超えも結構いるんじゃないかと思います〜


じゃまたね。




2011/01/22(Sat) 医療健康のお話:コレステロールの是々非々 クワクワ MAIL 

現在深夜3時!

お隣りの韓国ではかつてないほどの寒波に襲われてる。

この国も寒いといえば寒いんだろうけど

首都ソウルではマイナス17℃を記録したらしい。

北朝鮮と韓国の国境線あたり北緯38°付近では

さらに気温が低く、生タマゴを地面にぶつけても

「びよよ〜〜ん」ってタマゴは割れず

プラスティックBallみたいにバウンドするんだってさ。

しょんべんも凍って「つらら」みたいになるらしい。

すごいね世界的規模の異常現象。

現在は真夏のオーストレイリャでは

洪水でホオジロザメが水没した街中を泳いでるし。

どうなってしまうんだろ「ガラスの地球」は・・・

単なる自然のきまぐれな一時的イタズラなのか、

人為的要因による異常気象なのか分からないよね。


今日から「医療健康のお話」です。

これは先月世間を騒がせたコレステロールの記事です。

これってホントかなぁ。


<コレステロールを考える>


日本脂質栄養学会が

「コレステロールは高い方が長生きする」とする見解をまとめ

波紋が広がっている。

高コレステロールは心疾患などにリスクがあるという

従来の医学の常識を覆すもので、反論も相次いでいる。

コレステロールをどう考えるべきか、論争を追った。


◇脂質学会、常識覆す見解/動脈硬化学会は批判


現在の診断基準は、日本動脈硬化学会(北徹理事長)が

07年に定め、悪玉のLDLコレステロールが

140(1デシリットル当たり140ミリグラム)以上を

脂質代謝異常(高脂血症)とする。

多くの医療現場でこの基準に沿い、

治療や生活改善の指導が行われている。


これに対し、日本脂質栄養学会は9月、

「長寿のためのコレステロールガイドライン」をまとめた。

学会理事長の浜崎智仁・富山大和漢医薬学総合研究所教授ら

15人で策定委員会を構成。


 総コレステロール値あるいはLDLコレステロール値が高いと、

 日本では総死亡率が低い」とした。


全体は14章から成り、

高コレステロールの方が脳卒中を発症しにくいことなども記した。


特徴は「総死亡率」との関連を重視した点で、

ガイドラインの名称にも「長寿のための」と冠した。

浜崎教授は

「95年以降に公表された

 日本の五つの大規模な臨床試験報告を見ると、

 40〜50歳以上の集団では

 コレステロールが高くても、がんや脳卒中、

 心臓疾患など総死亡率は増えていない」と語る。


たとえば、大櫛陽一・東海大医学部教授らが解析した

神奈川県伊勢原市の「老人基本健診」受診者

約2万2000人の追跡調査(95〜06年)。

男性はLDL140〜159の群で総死亡率が最も低く、

女性では180以上で最も低かった。

策定委員も務めた大櫛教授は

「コレステロールが高めの方が

 肺炎やがんの死亡率が低い傾向にある」と話す。


浜崎教授は

「LDL140以上でも、

 たいていは薬を飲む必要はない」とし、

現在の診断基準が

「コレステロール降下薬の使い過ぎを促している」と警告している。


一方、日本動脈硬化学会は10月、

反論の声明をホームページに載せた。

日本脂質栄養学会が引用する論文を

「ほとんどが査読(複数の研究者による検証)を

 受けた論文ではない」とし、

コレステロール値と動脈硬化性疾患の発症との関係は

「多くの科学的検証を経た疫学的論文の一致するところ」

と記した。


総死亡率との関連づけも

「年齢や喫煙、高血圧などの要因を考慮して

 分析する必要がある」と一蹴した。

動脈硬化性疾患の疫学を専門とする

三浦克之・滋賀医科大教授は

「肝臓疾患などでコレステロール値が下がることがあり、

 コレステロールと総死亡率に

 因果関係があるとするのは無理」と批判する。


日本医師会も会見で異議を唱え、

「高いリスクをもつ家族性高コレステロール血症の患者に

 服薬を中止している例があると聞く」などと憂慮を示した。


論争は疫学データの選択や統計処理の問題も絡み、

複雑化している。

厚生労働省生活習慣病対策室も

「学会同士の学問的な論争。

 国が何かを言う立場ではない」と静観の姿勢だ。


日本脂質栄養学会のガイドラインを問題視しながらも、

コレステロールについてさらなる議論を求める意見もある。


日本疫学会のウェブ版で

自治医科大の調査データの解析結果が報告された。

92年から男女1万2334人

(平均年齢55歳)を対象に調査し、約12年間追跡した。

最初の5年間の死亡を除いても、総コレステロール値が

160(LDLだと約80)以下で

脳出血、心不全、がんが多かった。


同データを解析した

名郷直樹・東京北社会保険病院臨床研修センター長は、

脂質栄養学会のガイドラインを

「大きな問題がある」としながらも、

「低コレステロールと死亡には関連がうかがわれる。

 コレステロール降下薬の使い方を含め、

 もっと議論すべきではないか」と話した。


コレステロールのお話でした。

悪玉コレステロールは実は憂慮するべきものではなかった、

・・・・・・のかもしれない。

これはドッチが正しいんだろうか。

コレステロール値が低いって今まで喜んでた方々は

この記事を読むと

「おおっ、これマジか!?」って状態になるよね。


医療健康のお話、明日につづく。


アクベシやヘルマンの幼生を観察した。

最近は虫のお世話もそれほどすることがないので

専ら観察ばかりしてます。

アクベシはずいぶんと大きくなってるわ。

ヘルマンはちょっと小ぶりの個体もいるみたい。

大きそうな個体もいるにはいるんだけど。


昨日で中学入試が終了した。

喜怒哀楽しながらとりあえず合格、志望校に入学確定。

大学入試も指定校推薦で秋に終了してるし

残るは高校受験だけになったわ。

これからがまた大変なのだ。


じゃまたね。




2011/01/23(Sun) 医療健康のお話:集中治療室の使用3万円也 クワクワ MAIL 

現在深夜1時半!

最近スーパーに行くたびに目に飛び込んでくる商品。

受験生の合格祈願のお菓子。

「ウカ〜ル」とか「キットカット」とか・・・

「Toppo」もあったっけなぁ。

お菓子のMakerさんも

販売促進のためにいろんなこと考えるもんだと思ったよ。

とりあえず「ウカ〜ル」を買ってさっき食べてみた。

しかーし、これって中身は以前と一緒じゃねーか〜

パッケイジが今までと違うだけかぁ〜〜

ぼく、だ〜ま〜さ〜れ〜た〜〜〜>< ←ばか


今日も「医療健康のお話」です。

今日は「集中治療室」について。


<広くなった心臓血管集中治療室>


循環器の様々な重症疾患の救急治療に対応するため、

国立循環器病研究センターは

心臓血管集中治療室(CCU)を改修、運用を開始した。

保険認可の病床数は従来の4床から8床に拡充。

全体的に広めにスペースを取り、

スタッフの動線に配慮したのが特徴だ。


CCUは1977年、

センターの開設に伴って国内で初めて設置された。

当時は死亡率が高かった心筋梗塞を中心に治療していたが、

高齢化などで急性心不全や大動脈解離、

急性肺血栓塞詮症などの患者も増え機能の拡充が必要になった。


個室の4床は20〜25平方メートルと、集中治療室では広め。

人工呼吸器や人工心肺装置など、

最重症患者の集中治療室に使う医療機器を置いても余裕がある。


いくらかかるの?集中治療室(ICU)


急に症状が悪化し呼吸や血液循環、

新陳代謝などが機能不全に陥った患者を24時間体制で管理し

医師や看護師が効果的な治療が行える集中治療室(ICU)。

最新の機器がそろい、重症患者の命を守る環境が整っている。

保険は適用されるが、高額になる。


ICUでの治療が必要と医師が判断する患者は、

意識不明や意識障害、急性呼吸不全、急性心不全など。

大きな手術の後にもICUに患者を入室させる。


厚生労働省によると、ICUがある医療機関は

616施設の4673床(2009年7月現在)あり、

使用すると特定集中治療室管理料が必要になる。

この基本費用の自己負担額は、

3割の負担で7日目までは1日当たり2万7600円。

8日以上14日以内の期間は、1日あたり2万3100円の負担。

15日以上の場合は

通常の入院料(約2800円〜約4700円)となる。


なお、自己負担額が高額になった場合、年齢や所得に応じて、

一部の払い戻しが受けられる「高額療養費制度」がある。


ICUのお話でした。

最初は保険を適用しても3万円弱の費用がかかるんですね。

最新設備で命を救う部屋を使用するんだし

このくらいの金額になるのは仕方ないような気がするわ。


「医療健康のお話」明日につづく。


いつの間にか中国クルビの♀が

全部サナギになってるのにはビックリしたわ。

1頭45mmくらいのサナギがいるので大型が羽化しそう。

クルビ♀45mm超えはなかなか出ないんだねぇ。


じゃまたね。




2011/01/24(Mon) 医療健康のお話:危険なホクロの謎 クワクワ MAIL 

現在深夜1時!

昨日日曜日はお昼のお仕事だったんだけど

夜は疲れ果て家でポッケーとしてた。

夜にはレッドクリフPartU見ちゃった。

相当費用をかけて作った映画みたいね。

三国志、なかなかオモロかったな。


今日も「医療健康のお話」です。

今日は「ガン化するホクロの恐怖」です。


<足の裏のほくろががん化しやすい理由とは?>


位置や形によって、チャームポイントになることもあれば、

コンプレックスになったりもする「ほくろ」。

皆さんも自分のほくろについて、

いろいろ思うところがあるだろう。


ほくろがメラニン色素によって形成されているのは有名だが、

“がんの元になる”という、

穏やかではない噂も昔から耳にする。

もしそれが事実なら、即刻取り除いてしまいたいところだが。

用賀ヒルサイドクリニックの鈴木稚子先生に聞いてみた。


「ほくろとは、皮膚の下にあるほくろ細胞が

 メラニン色素を作り出すことによって現れる、良性の腫瘍です。

 これが刺激を受けることによって、

 悪性黒色腫という悪い腫瘍(つまりがん)に変わることは、

 現実にあり得ます。

 よく足の裏のほくろは良くないといわれるのは、

 常に踏み付けられて刺激を受けやすい部位だからなんですよ」


鈴木先生によれば、刺激を受けやすいという点では、

ブラシがあたる頭、カミソリがあたる顎、

あるいは女性であれば

ブラジャーのこすれる脇の部分にあるほくろなどは、

足裏と同様のリスクがあるという。


「ほくろのがんは悪性度が高く、

 発見時には手遅れになってしまいがちなので、

 とくに欧米などでは早めに手術して

 取り除いてしまう人が多いようです。

 予兆としては、ほくろが急激に大きくなっていたり、

 形がいびつであったり、かゆみや痛み、

 出血が認められるケースなどが挙げられます。

 そうした異変が確認できたら、

 良くない細胞が生まれてきたサインかもしれません」


うーん、これは心配。

ほくろは思った以上にリスキーなもののようだ。


「でも実際は、普通のほくろががんに変わる確率は

 何十万分の一といわれています。

 可能性でいえばほぼ0に近いので、まず心配はありませんよ。

 もし、よほど大きさや形が気になるのであれば、

 美容的な意味から取ってしまう選択肢はありますが」


大切なのは、ほくろが発するサインを見逃さないこと。

少しでも異変を感じたら、まずは専門医に相談してみよう。


という「ほくろ」のお話でした。

足の裏とかにホクロないですか〜、ちょっと確認してみて。

女性はブラの下辺りもCheckした方がいいみたいです。


「医療健康のお話」、明日につづく。


昨日、ちょっとサナギくんたちにイタズラ決行。

棚をゆっくりと揺すってみた。

たまには運動させてあげようと思って。

ちょっと揺すったら一斉に「クネっクネっ」して

これはなかなか圧巻なのであります。

まるで「た〜らこ〜 た〜らこ〜」みたいにクネクネするの。

ヒマなときはこうして遊んであげるのも吉かもしんない。

案外おもしろいw


クワクワさんの送った年賀状なんだけど

プ〜さん当選したらしい。

画像掲示板に貼ってくれてます。

もしかして他の方も当たってるかも。


じゃまたね。




2011/01/25(Tue) 医療健康のお話:牛乳に対する勘違い クワクワ MAIL 

現在早朝5時!

日に日に遅くなる職場からの帰宅時間。。


タイガーマスク運動のことなんだけど

「伊達直人のまねごとをしてる連中は

 自分の過去に対する罪滅ぼし」

なんて言ってる連中がいるらしいね。

そりゃ絶対にそんな人はいないとは言い切れないにしても

みんながみんな罪滅ぼしってわけじゃないと思うんだけど。

ひどいことを言う連中もいるもんだと思った。

自分は何も行動せず他の批判は大声でする連中はきらい。

偉そうに文句を言う資格なし、「へど」が出るわ。

どうしても文句を言いたいなら

自分も何らかの行動を起こせばいいのに。


今日も「医療健康のお話」です。

今日は「体脂肪のお話」、読んでみて。


<体脂肪率を下げる効果>


牛乳・乳製品をよく取る人は、メタボッリク症候群になりにくい。

こんな調査結果が発表された。

牛乳には健康にどんな効用があるのだろうか。


この調査は、日本酪農乳業協会から委託された研究会が、

大手乳業メーカー4社の従業員と家族を対象に

アンケートしたもので、身内相手とはいえ、

約8600人から回答を集めている。

牛乳・乳製品の摂取量で

3グループに分けて健康状態を比較してみると、

最も多く飲む女性は、最も飲まない女性より

メタボの有病率が少なく、中性脂肪や血圧も低い傾向が見られた。


調査に当たった女子栄養大の上西一弘教授は

「牛乳に多く含まれるカルシウムは、

 血圧を低下させることが知られています。」と話し、

「中学、高校生を対象にした別の調査結果では、

 牛乳を飲む人は、体脂肪率が低いこともわかっている。

 牛乳を飲んだら太る、というのは誤解です」と強調する。


日本女子大学の江沢郁子名誉教授も、


@牛乳には脂肪が多い

Aコレステロール、カロリーも高い


という誤解を指摘した上で、

「牛乳コップ1杯の脂肪分は8g程度で、

 エネルギーも138kcal。

 心配するほどの量ではない。

 体脂肪を下げる効果もあり、牛乳を飲む習慣を作りましょう。

 体脂肪が気になる人は

 低脂肪乳に切り替えればいい」とアドバイスしている。


という「体脂肪」のお話でした。

牛乳は太るって今まで思ってたわ。

逆だったとは。。これはオドロイター通信。。。

これから牛乳をたくさん飲むことにしよ。

みなさんも牛乳を飲んだ方がいいみたいよ。

お酒やビールより牛乳を飲むべし。


ニジイロ幼生5頭の雌雄がはっきりした。

♂2♀3でGood。

♂はまあまあ大きいかな。

57mm〜60mmくらいで羽化しそうな感じ。


じゃまたね。




2011/01/26(Wed) 医療健康のお話:燃え尽き症候群にご注意 クワクワ MAIL 

現在深夜3時!

通常国会が始まったのはいいが・・・

菅さん大丈夫かな。

ホントに予算や関連法案を成立させることができるのかな。

予算は衆議院さえ通せば自動的に成立するけど

関連法案は衆参で議決が異なった場合、

さらにもう一度衆議院で3分の2を採らなきゃならないし

これはかなりキツイんじゃなかろうか。

与謝野さんのことや小沢さんのこともあるし

菅政権の行く道は相当険しいだろうな。

一介のサラリーマンから総理にまで出世した菅さん、

この危機をドウやって乗り越えるんだろうか。


今日も「医療健康のお話」です。

これは・・・・・危険な状態の方も多いかも。


<やりがいない人:燃え尽き注意>


仕事に意味ややりがいを感じられない人は、

精神的な疲労が重なるなどして虚脱感に襲われる

「燃え尽き症候群」を起こしやすい。

こんな傾向を、京都大こころの未来研究センターの

カール・ベッカー教授と近藤恵・特定研究員らが

アンケートで導きだし研究会で発表した。

調査対象は近畿の新人看護師たち。

過酷な労働と離職率の高さが問題になっている看護師をはじめ、

職場での対策を考えるうえで役立ちそうだ。 


ベッカー教授らは、ストレス対処能力を測る指標で、

日常や人生に意味があると思える感覚

「SOC」(首尾一貫感覚)に着目。

「これまでの人生に明確な目的があったか」

「毎日に喜びや満足を感じるか」などの設問を用意し、

近畿2府4県の114病院に1330人に、

新人研修時(昨年3月末〜4月上旬)と

配属後(6月〜8月)の2回、答えてもらった。 


結果を分析したところ、

仕事ややりがいを感じないと回答した人、

課題を自分で処理できず

対策を考えられない様子がうかがえた人は、

職場での対人ストレスなどを感じやすく、

患者に冷たく対応したり、精神的に疲弊したりする傾向があった。

ストレスや非人間的な感情、疲労感は、

燃え尽き症候群につながりやすいとされている。

今後、夜勤を始めた時と1年後にも調査を行い、

経験によってSOCがどう変化するかなどを調べる。


ベッカー教授は

「ストレスの上手な対処法を考えたり、

 危険信号を事前に把握したりすることで、

 離職防止にもつながるだろう」と話している。


という「燃え尽き症候群」のお話でした。

これはほとんどの人が経験したことあるんじゃないかな。

お受験が終わるとクワクワさんもこれによく似た状態になる。

あとパチンコでぼこぼこにされたとき

セミのぬけがらみたいになるときある。

くちポカーンになって、ほーしん状態になる。


医療健康のお話、明日につづく。


マレーアンテ幼生の雌雄判別をビン外からしてみた。

♂:♀=2:1って感じだった。

ちょっと♂に隔たってるみたい。

昨年までは♀ばっかだったし。まー、これでもいいや。

みずかきの太い個体がたくさん出てくれると嬉しい。

現在2令後期〜3令初期の個体ばかりなので

来月にも菌ビン交換しよ。


じゃまたね。

さっき、中学受験で大ドンデンガエシして

見事に志望校に合格した小学生が教室に来てた。

いい顔だったな、緊張から解き放たれて。

今のお仕事しててよかったなぁって思える瞬間でした。




2011/01/27(Thu) 医療健康のお話:体を温める漢方薬 クワクワ MAIL 

現在深夜1時半!

チュニジアが市民デモで独裁政権を倒して以来、

隣国でもデモが広がってますね。

チュニジアの隣りのアルジェリアやリビア、

さらにリビアの隣りのエジプトでも

市民運動が活発になってきてる。

おぃおぃ、このままじゃアフリカの多くの国で

政権崩壊が連続するんじゃなかろうか。

犠牲になられる方が多くなりませんように。


しっかしチュニジアの革命はすごいことですよね。

ネットから始まった市民革命ってのは世界初だわ。

17世紀中期のイギリスの革命や

18世紀のフランス革命、アメリカの独立戦争、

これらとはまた性格が違う市民革命ですよね。

現在、時代が変わって革命も

インターネットから始まる時代になったのねん。


今日も「医療健康のお話」です。

今日は寒い冬に体を温めてくれる「漢方薬」について。


<体を温める漢方食>

毎日飲むお茶も温める物と冷やす物がある。

総合情報サイト「オールアバウト」の漢方と

薬膳料理のガイドを担当する杏仁美友さんによると、

緑茶、ウーロン茶は冷やすお茶で、

紅茶やローズティーは温めるお茶。

コーヒーは冷やすのに加えて排尿を促す。

トイレが近くなる冬は飲み過ぎに注意が必要だという。


砂糖など甘味料も違う。

杏仁さんは

「精製された白砂糖は体を冷やすが、

 ミネラルやビタミンを含む黒砂糖は

 体を温めるといわれています。

 冷えが気になる人は、黒砂糖を飲み物に入れてみては」と話す。


温める働きがあるショウガやシナモンを、

飲み物に加えるのもいい。

杏仁さんに、ショウガを使った体を温める飲み物を教えてもらった。


◇ 黒糖ショウガ湯材料(3杯分)

 ショウガ10g、黒砂糖大さじ2杯、水2カップ

@ 鍋に、ショウガの千切り、黒砂糖、水を入れ、沸騰させる

A沸騰したら弱火で5分ほど煮込み、茶こしでこす。

「発汗作用があるショウガと、

 温める黒砂糖の組み合わせは、風邪対策にもなる」(杏仁さん)


お茶にあわせて、ちょっとつまむのにいい物はないだろうか。

杏仁さんは、クルミ、松の実などナッツ類を薦める。

「冬は、冷えから便秘になりやすい。

 ナッツ類に含まれる油脂は、腸を潤すといわれています。

 便が固く、コロコロしている人は

 毎日少しずつ食べるといいでしょう」


こんな食の記事でした。

ちょっとシナモンは勘弁してほしいかな、あのニオイは・・・

コーヒー飲むとシッコに行きたくなるのは

排尿効果があるからみたいね、知らなかったわ。

夜に飲むのはやめた方がいいみたい。

冬の夜中にシッコ行くのは拷問だしねぇ。


ギラファロンボクケイスケイの幼生が

500mlビンで2令後期〜3令初期になってるようなので

雌雄判別してみた。

ビン外から見難いのはビンをひっくり返して確認した。

すると・・・ほとんど♂・・・

昨年に引き続き、また♂Rush。

幼生は10頭以上いたのに♀確定は1頭とか・・・・・

なんだこれ。。。

判別不明個体の数頭が♀になってくれればいいんだけどな。


じゃまたね。




2011/01/28(Fri) 医療健康のお話:腹痛ヲ侮ルナカレ クワクワ MAIL 

現在深夜2時!

トヨタの新車売上げが4年連続で世界一になったそうな。

アジア向けの輸出が伸びてるおかげだってね。

この不況にもトヨタって強いよねぇ〜

きっと性能がいいんだろうな。

クワクワさんの乗ってる車もトヨタだったりします。


今日も「医療健康のお話」です。

「腹痛」のお話です。


<その腹痛を侮らないこと:アルコールと急性膵炎>


元来が酒豪を自認するJさん、51歳。

年末年始は連日の宴会続き。

そして大晦日、元日と大酒を飲んだ深夜、

これまでに経験したことがない激しい腹の痛みに襲われた。


アルコールと胆石、これが急性膵炎の2大成因だ。

年間の患者数は3万5000人、男性が女性の約2倍で、

1日60グラム以上のアルコール

(日本酒3合、もしくはビール中瓶3本以上に相当)を

消費する多量飲酒者は発症率が跳ね上がる。

もちろんすべての飲酒者が急性膵炎になるわけではない。

とはいえ、男性、40歳以上、

長年の飲酒歴と条件が揃ってしまったら無茶はしないことだ。


膵臓はインスリンを分泌する臓器として知られるが、

もうひとつ、膵液(消化酵素)をつくる機能がある。

膵液は膵臓から十二指腸へ流れ

胃液や腸液とブレンドされることで活性化され、

消化する能力を獲得する。

十二指腸に届く頃には立派に消化酵素として働けるわけだ。


ところが、なんらかの原因でこの管が詰まると、

膵臓の内で活性化が起こり膵臓それ自体を消化してしまう。

アルコール性の急性膵炎ではアルコールが直接、

膵臓の細胞を壊す以外に、飲酒によるむくみで管が詰まるなど

複数の要素が関係していると考えられている。


ということで

お酒を飲んだ後の腹痛には注意した方がいいみたい。

侮っちゃいけないってことですよね。


食跡の出てない

白眼メタリフェル♂3令後期幼生のビンのフタを開けてビビッタ。

すでに羽化してひっくり返ってるじゃまいか。

マット上でサナギになってそのまま羽化した模様。

しかし不全はナシ、羽に微妙にシワがついてるだけ。

やっぱこの手の羽の短い種は不全が少なくていいわ。

サイズを測ったら70mmしかなかったので小ぶりだけど

何だかLuckyだったわ。

食跡の出てない他のビンもフタを取って確認してみた。

1頭マット上でサナギになってるのがいた。

蛹室も作らずに羽化しようなんて

なんちゅうグータラな虫なんだ。飼い主に似たかな。

メタリ♂はこれから羽化Rush突入。


じゃまたね。




2011/01/29(Sat) 医療健康のお話:バナナで花粉症改善 クワクワ MAIL 

現在深夜0時半!

今日から数日間、日本海側で豪雪注意なんだってね。

今年はすごいことになってるな。

雪下ろしとかたいへんだろうなって思うわ。

鹿児島や宮崎の人も火山灰でたいへんなことになってるし

国の援助は必要だと思います。


しかし肝心の国は国債の格付けが下がったことで

右往左往状態になってるし。

2013年には個人預貯金額より

国の借金の方が多くなる見通しになってる。

そりゃ税収が40兆円で歳出が94兆円もあったら

いつかはこうなるのは明白だな。

この国ってもうすでに財政破綻してるのかもしれない。

このままいけば国債破綻したギリシャと同じ状態になる。

ほんとにヤヴァイぞ。


今日も「医療健康のお話」です。

花粉症の方には朗報だよ〜


<バナナで花粉症改善?>


バナナを食べると花粉症が改善される可能性があることが、

東京理科大の谷中典教授らの動物実験でわかった。

バナナの成分が免疫バランスを改善し、

アレルギー症状を抑えるらしい。

大津市で開かれたに日本機能性食品医用学会で発表した。


谷中教授らは花粉症のマウスに、

1日約10グラムのバナナを3週間与え、

通常のエサを与えたマウスと比較した。

その結果、バナナを食べたマウスは、

アレルギーを引き起こす物質も量が

通常食のマウスの半分以下に減り、

花粉症になると増える白血球の一種「好酸球」の数も、

正常マウスと同レベルまで減少していることがわかった。


谷中教授は

「マウスにとっての約10グラムは

 人間ではバナナ3〜4本に相当する量だろう。

 今後、どんな成分が効果を生んだか、

 人でも花粉症の症状が軽くなるかを調べたい」と話している。


というお話でした。

花粉症の方は一日に3〜4本のバナナを

食うべしっ!食うべしっ!食うべしっ!


羽化個体の身体測定した。

メタリ♀、26〜27mmもあった。

これは大きいだろ。

羽化してずいぶんと時間が経ってるのに上羽は赤かった。

これは楽しそうな個体が羽化してきたもんだ。

ワインレッドでピカピカのメタリを作れるかもしれないから

次の親♀はコイツに決めた。


じゃまたね。




2011/01/30(Sun) 医療健康のお話:二人の母の重い選択 クワクワ MAIL 

現在深夜3時半!

ちょっと靴の中の雑菌のお話なんだけど。

革靴を履く男性の雑菌は朝から夜まで履いてると

靴の中で約4倍に増えてるんだってさ。

それに対しパンスト+ブーツの女性の靴の中の雑菌は

朝から夜まで履いてると、に、に、23倍になるらしい。

に・・・にじゅうさんばい。ばいきんだらけ。

匂いもすごいことになるらしい。

女性は靴の中の喚気に要注意だ。


そういえば昔、レディーのブーツに鼻くっつけて

くんくんしたことある。

別に変態じゃないんだけど興味本位で。

確かにすごい匂いがしたなぁ。今でも憶えてるけど。

まるで硫酸にウンコを混入したかのような匂いがした。

もう臭すぎて鼻が180°ねじれるかとオモタ。

鼻もげた。

でも当時つきあってる女性の匂いなので

「これはジャスミンの匂いなんだ」って

自分に何度も言い聞かせて自分を洗脳したことある。


今日も「医療健康のお話」です。

今回の医療のお話で一番読んでいただきたかった記事なの。


<体外受精:2人の「母」重い選択:広がる卵子提供>

公的ルールないまま。

新たな生命を生み出すため、卵子と精子を体外で受精させ、

子宮へ戻す体外受精技術が

今年のノーベル医学生理学賞に選ばれた。

開発から約30年、

世界の不妊カップルに福音をもたらす一方、

カップル以外からの卵子提供で

2人の「母」が生じる事態も生んだ。

国内では公的に認められていない、

卵子提供による治療で妊娠した女性と、

卵子を提供した女性が毎日新聞の取材に応じた。

提供側とそれを受ける側がともに取材に応じるのは初めて。


◇妊娠女性「何があっても母は私」/

   提供の義妹「産めないつらさ理解」


「自分(の卵子)じゃなくてもいいけど、

夫の子が本当にほしかった。それが、ようやくかないます」


西日本に住む女性(37)は昨秋、

夫の精子と、弟の妻(37)が提供した卵子による

体外受精で妊娠した。

卵子提供でなければ妊娠できない人への卵子提供を容認する

「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」

(田中温(あつし)理事長=セントマザー産婦人科医院院長)の

会員クリニックで成功。

今年初夏、待望の子を抱く予定だ。


女性は20代前半で結婚したが、月経が来なかったり、

異常に早く閉経する「早発閉経」のため卵子が成熟せず、

不妊治療を続けた。

30歳ごろ、主治医から「もう難しい」と告げられ、

養子、子のいない人生、離婚。

あらゆる選択肢を夫婦で話し合った。

卵子提供も検討したが、

主治医に「国内で認められていない」と言われた。


同じ頃(03年)、厚生労働省の部会が、

卵子提供による治療を認め、法制化を求める報告書をまとめた。

女性は

「報告書は知っていた。

『国内でもいつかどうにかなるかもしれない』と感じた」。

だが、法制化は遅々として進まない。

35歳になった女性は、ネットで

JISARTが卵子提供の治療を始めたことを知った。

不妊を相談していた義妹は、

以前から「(卵子提供も含め)力になる」と言ってくれていた。

夫も「2人で育てることが一番」と賛成した。

最初の治療で妊娠した。

    ◇

「私自身が不妊治療を受けていたから、

 お姉さんの思いが理解できた」。

義妹は、こう口を開いた。

義妹も結婚後、子ができず、体外受精も受けた。

排卵障害が原因と分かり、治療を受けると自然に妊娠した。

今、3人の子がいる。


卵子提供のための採卵では、

排卵誘発剤などによる副作用の恐れが指摘される。

だが、義妹は体外受精治療の経験があり、採卵に不安はなかった。


彼女には別の事情もあった。

6年ほど前、30代半ばの兄が、がんで亡くなった。

治療法を探したが、なすすべもなく兄は逝った。

「自分の協力でお姉さんの苦しみが解消されるのなら。

 治らないつらさを、分かっていたからこそ協力した」

    ◇

女性が産む子は、遺伝的には夫と義妹の子、

民法解釈で母は出産した女性と、複雑な親子関係になる。

女性は子にすべてを話すつもりだ。

「何があっても母親は私だから」


だが、卵子提供は、米国などで認められている一方、

日本は国も日本産科婦人科学会も認めていない。

女性は

「子の将来を考えると、

 この治療を社会全体で認める制度ができてほしい」と訴える。

義妹は

「(家族関係の複雑さは)考えないようにしている。

 将来、公的制度ができても、

 私のような経験のない人は簡単には協力しないのでは」と語った。


国内外の不妊治療の事情に詳しい

柘植あづみ・明治学院大教授(医療人類学)は

「一般に『子を産むことが幸福だ』という前提があり

『産めないのも自然』とは考えられていない。

 また『子がほしい』という望みを医療がどこまで支えるか、

 国のルールがなく医師の判断に任されている。

 技術が広がった今こそ、

 その使い方や子を持つ意味について

 社会で議論すべきだ」と指摘する。


■ことば

 ◇卵子提供

日本産科婦人科学会(日産婦)の指針では、

夫婦以外の体外受精の実施を認めていない。

国内では98年に長野県の根津八紘(やひろ)医師が

卵子提供治療の実施を公表、

日産婦から除名された(03年復帰)。

JISART(全国25施設が参加)は

倫理委員会による審査など独自の手続きを定め、

08年に実施に踏み切った。


体外受精のお話でした。

これって難しいお話ですよね。

「女性が産む子は、遺伝的には夫と義妹の子、

 民法解釈で母は出産した女性と、複雑な親子関係になる」

この部分なんだけど法はどのように整備されるべきなんだろう。

婚姻状態以外の方からの卵子提供に関しては

賛否両論あることと思います。


「医療健康のお話」終了です。


昨日も羽化個体の身体測定。

モセリオウゴンの♂を測ってみたら・・・

やっぱ小さいわ〜〜

47mmだってさ〜〜 ♀並みじゃまいかw

他の♂個体も現在すべてサナギなんだけど

全部ちっちゃい。。。

もしかしたら今年は全♂が50mmないかも。

エサが合ってないんだろうな。


じゃまたね。

サッカーの試合すごかったなぁ。

優勝おめでとう。

日本の選手のみなさんが想像を絶するほど

つらい練習に耐えてきた成果なんだろうな。




2011/01/31(Mon) 国語のお話:言葉の窓 クワクワ MAIL 

現在早朝5時!

今日で1月も終わりか・・・早い。

早いとしか言いようがないわ。

つい先日、初詣に行ったような気がするのに。


今日は月末恒例「言葉の窓」です。

日本語を深めてみませう。


<特徴:よいことだけとは限らない>


「徴」は「しるし」の意。

ほかと異なって特に目立つしるしが「特徴」だ。

辞書には「特別なお召し」の意味も載っている。

この場合の「徴」は

「徴集」「徴兵」などと使われている「呼び出す」意。


特徴のうち、長所、すぐれた点に注目すると「特長」となる。

よくも悪くも目立つところがなく平凡なのは「特徴がない」。

「特長がない」だとアピールするよさがないということになる。


「特徴づける」とはいっても、

「特長づける」とは普通、使わない。

また、歴史的仮名遣いでは、

「特長」の方は「とくちやう」と書かれる。


<会談:威儀を正して臨む>


「電話で会談」は妙な言い方、との趣旨もメールをもらった。

確かに「会」は「会って」の意だから、電話では会談はできない。


ただ、「会談」は「国や組織などの代表者による話し合い」

(中村明著「語感の辞典」岩波書店)をいうもの。

「対談」や「話し合い」とは言い換えにくい。

「公的な」の意味を強調したいときには、

「会談」を使わざるを得ないだろう。


新聞では古くから使われている。

1937年には

「伯林の副島伯一行と喜びの『国際電話会談』」とあった。

戦争で中止になった札幌オリンピックの関する記事だった。


<待ちぼうけ:ウサギの年は来たけれど>


「ぼうけ」は「惚ける」(ぼんやりする)から来た言い方。

待っている相手がいつまでたってもやって来なくて、

待ちくたびれてぼんやりしている様子を言う。 


北原白秋の童謡「待ちぼうけ」で、待っているのはうさぎ。

畑仕事の最中、ウサギが飛び出て木の切り株に頭をぶつける。

労せずして獲物を得た男は、働くのをやめ、

毎日、うさぎを待って、切り株を見張り続ける。

思想書「韓非子」で語られる

「守株」(株を守る)の説話に基づく。

一度の成功に味をしめ、習慣を捨てられず、

臨機応変に対応できないのをたとえたもの。


言葉の窓、終了です〜


昨年の春に採ったパラワン幼生。

全部羽化してたので掘り出してみた。

結果、47,47,47,46,46,45mmって感じ。

ド!Normalサイズ。

まぁいいや、全部完体で不全ナシだし。

全部赤眼で羽化してくれてるのがいいが

暗い赤の眼の個体ばっかだったな。

なかなか明るい赤の♀個体は出ないわ。


じゃまたね。

画像掲示板おもろいw すげワロタw



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